トランス女性はフェミサイドの標的になるのか

簡潔に言えば、「なる」というのが私の見解です。以下、それについて私が書いたツイートと、それに対して寄せられたご意見に対する応答をシェアします。ちなみにこの応答文はツイッターに画像で載せたものと同じです。ここに転載する理由は、視覚障害のある人が音声読み上げソフトを利用できるようにするためであって、他の意図があるものではありません。

確認できる範囲で、頂いたご意見に応答します。こちらの解釈で勝手に分類しますが、不適切な分類だったらすみません。なお、意見の要約部分についてはトランスフォビアが含まれるものがありますので、閲覧はご注意ください。

【意見1】『フェミサイドの被害を受けるのは身体的な女性だけだ』
→少なくとも今回の小田急線の事件のようなフェミサイドの加害者は、標的の身体について服の上からの見た目でのみ標的が女性であると判断しています。見た目で女性だと思われれば、身体がどうであれ、今回のようなフェミサイドの被害を受ける可能性があります。逆に、例えばシス女性であっても、あるいは性別適合手術を受けたトランス女性であっても、男性に見える見た目の人は今回のようなフェミサイドの被害を受ける可能性がありません。
 実際今回の事件の被害者だって、加害者は彼女を見た目で女性だと判断したのでしょう。それに、私もあなたも、報道で彼女が女性だと聞いただけです。彼女がシス女性かトランス女性かは誰も知らないし、あるいは女性に見えるトランス男性かもしれないし、もしたまたま病院や捜査の過程で彼女がトランス女性だと関係者が知ったとしても、そんな個人情報は私たちの耳には届きません。警察発表などは行政上の性別区分(いわゆる「戸籍の性別」)に準ずるはずなので、性別変更が済んでいるトランス女性の場合は(何か事件に関連する特別な理由でも無い限り)いちいちトランス女性であることは公表されないです。

【意見2】『見た目で女性だと判断されたのであって、性自認で女性だと判断されたのではない』
→その通りです。例えば性自認が男性だろうがノンバイナリーだろうが、見た目で女性だと判断されれば、今回のようなフェミサイドの被害を受ける可能性があります。性自認の話は私は初めから一度もしていません。また、『性自認が男だと言えば被害を受けなかったとでも言うのか』というご意見が複数ありましたが、おそらくそれは、私が「トランス女性もフェミサイドの標的だ」(要約)と言ったのを「性自認が女だと言えばフェミサイドの標的になる」と言う発言だと誤解しているのかな、と思います。その背景には「トランス女性なんていうのは、性自認が女だと言ってるだけの男だ」という思い込みがあるように感じられます。

【意見3】『トランス女性は女性には見えないだろ』
→あなたがご存知ないだけで、女性に見えるトランス女性はものすごい人数います。長年の女友達がトランス女性だったことを後で知った、という人もいるくらいです。目に入る道ゆく人々がシスかトランスかなんていちいち確認しないので、女性に見える人たちを勝手に人々がシス女性だと思っているだけです。『でも女性に見えないトランス女性もいるんだから、フェミサイドの対象に含めるべきではない』と言う人もいるかもしれませんが、女性に見えないシス女性もいるので、そうするとフェミサイドの対象から全員が消えます。

【意見4】『トランス女性は女性性を身に纏うのをやめて男に戻ればいいだろ』
→無理です。トランス女性は「出生時には男児と認識されたが、社会的に女性として認識されて生きている、あるいはそう生きたいと望んでいる人々」です。社会的に女性として認識されない(これは「男っぽい女」と思われることとかとは違います)ことは、彼女らにとって大きな苦痛です。
 一方で、見た目で女性だと判断される人の中には、女装がとても上手なシス男性もいます(念のため繰り返しますが、トランス女性ではなく、シス男性の話です)。そういう人たちは(女装している日は)フェミサイドの被害を受ける可能性がありますが、フェミサイドのヘイトクライムとしての側面(実際の被害者以外の女性も、フェミサイドの存在によって日常的に恐怖にさらされている)の影響は少ないでしょう。例えば女装していない日にまで電車に乗ることを躊躇ってしまうようなことは無いですから。(あえて言うなら「女装で人前に出ることが以前に増して怖くなった」という人はいると思いますが。)

【意見5】『これはミソジニーの話であって、トランスフォビアの話ではない』
→その通りです。シス/トランスにかかわらず、女性に対するミソジニーの話です。私は初めから一度もトランスフォビアだなんて言っていません。
 ただ一般論として、トランスであることが加害者に知られている場合などは、ミソジニーとトランスフォビアの両方が駆動されて加害に至るケースもあるとは思います(今回の事件がそうだとは言っていません)。

【意見6】『トランス男性もフェミサイドの標的になることがある』
→その通りですね。その点は抜け落ちていました。失礼しました。

【意見7】『このタイミングでシス/トランスの話を持ち出すのは不適切だ』
→私も最初のツイートを書きながら、その考えが頭に浮かびました。実際に今被害を受けた人がいるのだから、まず被害者の無事を祈ることが大切なのではないか、と。今でもその考えは払拭しきれていません。ただ、トランス女性たちは、フェミサイドやその背景にあるミソジニーの被害を「お前らは受けてないだろう」と言われ続けてきました。そして今回の事件をきっかけに、まさにそのように彼女らの被害を矮小化してきた人たちによるフェミサイド批判がツイッター上で広がりつつあったわけです。私は自分のフォロワーの中にいるトランス女性たちに向けて「あなたが今回の事件で恐怖を感じることは、おかしなことではない」と、そしてフォロワーの中のトランス親和的なフェミニストたちに向けて「今回のような事件を、シス女性を標的としているものと誤認しないようにしよう」と言いたかっただけです。元々トランス女性の被害を矮小化しようとしているような人たちに対して向けた言葉ではありません。

【意見8】『意見が違う人のツイートはRTするなというのは違うのでは』
→差別者が発言する場を奪う/減らす行為は de-platforming と呼ばれ、賛否両論ありますが、おそらく反差別の人たちであれば多少なりとも賛成寄りの人が多いんじゃないかと思います。たとえば百田尚樹とか杉田水脈が地元の文化会館で講演すると聞いたら私は反対の声を役所に届けますし、チラシを配っている知り合いがいたらやめるよう説得するかもしれません。その講演の内容を既に知っているわけではないので、もしかしたら、万が一、その講演だけに限っては、私が同意できる内容である可能性もゼロではないのに、です。とは言っても、反差別の人でも明確な信念をもって「表現の自由のために、一切の de-platforming に反対する」という人もいるかもしれないし、それはそれで私は尊重します。
 いずれにしても、するなと言ってもする人はいるし、元々私にも谷家さんにも何かを禁止するような権限も無いです。しないように呼びかけることくらいは別に問題ないんじゃないかな、と私は思います。

【意見9】『フェミサイドを矮小化させるな』
→私の最初のツイートはそもそも「標的がシスかトランスかを確認してから加害した事件ではないのだから、女性に見える全ての人が標的になり得た」という認識をシェアしたものです。それがフェミサイドを矮小化させるという主張なのであれば、もう少し説明を頂かないと理解できません。

【意見10】『トランス女性はミソジニーにまみれた男なのだから、今回の事件でシス女性が刺されたのを喜んでいるのでは?』
→差別的であるだけでなく、暴言ですね。まずそもそも今回の被害者がシス女性であるという情報はどこにも存在していません。多くの人がそう思い込んでいるだけです。目に入る道ゆく人々を日常的に多くの人がシスだと思い込んでいるのと同じように。そして、その実態(シスかトランスか)など関係なく被害を受ける可能性が女性にはあるし、それはその実態(シスかトランスか)など関係なくフェミサイドである、という話をしているだけです、私は。

【意見11】『トランス女性なら防戦できるのでは』
→刃物を持った相手に素手で、ですか? まず一般論を申し上げますが、男女問わずシストランス問わず身体能力は多様です。グループ分けをして平均値を取れば違いは見えてきますが、それは「あるAさんと、あるBさんを比べたときに、必ずグループ平均値の差異に準ずる差がある」と主張できるものではありません。次にトランス女性についてですが、一般論として個人差が大きく存在する上に、ホルモン治療を始めた時の年齢や、若い頃のスポーツ参加の機会の多寡、家庭環境におけるトランス肯定度、身体違和の度合いなど、現在の身体能力を左右する因子がたくさんあります。さらに、ホルモン治療によってテストステロン値は健康に害の生じ得るレベルまで低下します(個人差はあります)。なので「トランス女性なら皆んな身体能力はシス男性と一緒だろう」というのは、たいぶ実態からかけ離れた思い込みです。

【意見12】『シス/トランスどちらの女性もフェミサイドを恐れるのは当然だし、そんなことは皆んな分かってる』
→分かっていなかったようです。

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ABOUTこの記事をかいた人

1985年5月26日生まれ。栃木県足利市出身、ニュージーランドとアメリカを経て現在は群馬県館林市在住。2011年にシカゴ大学大学院社会科学修士課程を中退。以降ジェンダー・セクシュアリティを中心に執筆や講演など評論活動をしています。 LGBT運動と排外主義のかかわり、資本主義とLGBT、貧困二世・三世のLGBT/クィア、性的欲望に関する社会的言説の歴史、セックスワーカーの権利と尊厳などに特に関心があります。