同性カップルとゲイ売春:「せっかくLGBTの認知度が上がってきてるんだから、印象悪くしないでよ」

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2015年6月26日、米国最高裁判所で争われていた Obergefell v. Hodges の裁判において、「すべての州に、同性カップルへの婚姻ライセンスを発行すること、そして他の管轄区において有効に遂行された同性婚を認知することを要求する」判決が出された。これをきっかけに、私たちは多くの友人が Facebook や Twitter のプロフィール写真を薄い——あるいは薄っぺらい——レインボーに染めるのを見たし、米国のニュースサイトでは歓喜するレズビアン女性とゲイ男性の姿が写真に収められていた。

一方日本では、渋谷区が2015年3月31日に「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を可決し、翌日4月1日の施行となった。これは、任意後見契約や準婚姻契約書などの公正証書を(多くの場合行政書士に依頼して)作成、渋谷区に提出することで、渋谷区が当該同性カップルがカップルであることを証明する証明書を発行するというものだ。米国最高裁判所の判決の約1ヶ月後、7月29日には、世田谷区が(条例ではなく)要綱という形で、11月以降の実施をめどに、同性カップルがカップルであることを宣誓したことを示す宣誓受領証を区長名義で発行するとしている。どちらも法的な拘束力は持たず、他の自治体によって認知される性質のものでもないが、やはり多くの当事者やその友人たちに歓迎される動きとしてメディアを賑わせたことは間違いない。淀川区の「LGBT支援宣言」は日本の自治体で初めての動きとして歴史的な意味があったが、主流マスメディアに同性カップルの行政的な認知についてのトピックを扱わせたという点では渋谷区もまたターニングポイントを作ったと言えるだろう。一方で、淀川区の「LGBT支援宣言」の中心人物である榊区長が生活保護受給者への不当な扱いを支持していることや、渋谷区の条例の中心人物である長谷部区議がナイキパークの立役者でありホームレス排除に積極的であることなども、ネットでは議論になっていた。

米国においても、日本においても、同性パートナーの社会的な地位は(未だ日本では法的な保護に至らないとはいえ)改善に向かっていると言えるだろう。

そんな中、7月27日に男性向け男性風俗店の店長が、16歳を従業員として雇い使用していたとして児童福祉法違反(児童淫行)の容疑で逮捕された。この風俗店は大手チェーン店で、おそらく日本でも最大規模のものだと思われる。これまでほぼ黙認されてきたゲイ男性向けの風俗産業の、それも最大手がこういった事態になったことで、少し不穏な印象はあったが、この事件ひとつをとって何か新たな動きを感知するのは早計だと思い、このとき私はあまり注目してはいなかった。

そして、8月25日、米国の最大手男性風俗サイト Rentboy.com の CEO 及び6名の従業員が売春斡旋等の罪で逮捕されたというニュースが飛び込んできた。ちなみにこれは、アムネスティが売買春の非犯罪化を提言したことが話題になったばかりの出来事だったこともあり、米国のクィアコミュニティには衝撃を受けた者も多い。 Rentboy.com は個人のセックスワーカーが自分の宣伝を掲載するサイトとして利用されており、「Rentboy.com によって商売が安全にできたんだ」と証言するセックスワーカーもいる。また、プライドパレードにフロートを出すなど、ゲイコミュニティーとのつながりもある企業だった。

そして翌日8月26日、日本のある男性議員がゲイ向け出会い系サイトで出会った19歳男性に金銭を支払って性的関わりを継続的に持ったことが報道された。報道されている通り、日本の法律において男性同士の売春は罪として規定されておらず、今回のケースも相手が18歳以上であることから法的問題は無い。しかし、この議員は名指しで公に性的プライバシーを暴かれ、真偽はわからないにせよ、性的指向も暴露されてしまった。報道されている本人と相手との LINE メッセージアプリでの会話を見るに、(それがロールプレイで無い限り)デートDVの加害があった可能性が高いように感じられるが、それは別の観点で批判されるべきことだ。

まとめると2015年になってから以下のようなことが起きている。

  • 3/31 渋谷区条例可決、翌日施行
  • 6/26 米国最高裁判所、同性カップルへの婚姻の権利を全国的に認める
  • 7/27 日本の男性向け男性風俗店店長が児童淫行の容疑で逮捕
  • 7/29 世田谷区要綱提出、11月実施予定
  • 8/25 米国最大手男性風俗サイト CEO 及び従業員が売春斡旋等の容疑で逮捕
  • 8/26 日本のある男性議員が19歳男性を買春していたことが報じられる

Respectability politics という言葉がある。 respectability とは「社会的に受け入れられる、きちんとした状態」、つまり世間体が良いことを指す。 politics は政治だ。つまり、ある特定の人々に対する差別に対抗する中で、そこで差別されている人々がいかに「まっとうな人間」かどうかを説明する形で、世の中に差別解消を訴える、そういった政治活動のやり方を respectability politics と言う。「世間体政治」とでも訳せるか。

Rentboy.com のニュースを見て、米国における LGBT 運動が持つ respectability politics という側面の危険さを改めて恐ろしく感じていたところに、上記男性議員のニュースが入ってきた。「世間体の良い LGBT だけが生き残る世界」になりつつあるんだ、という、うんと前から気付いていたことだけれど、改めて現実として、現在進行形の、もう始まってしまったこととして目の前に見せつけられて、私は寒気がした。(8/28午前1時追記:誤読されているのを2回ツイッターで見たので追加説明をしますが、ここで私は、LGBT の中でも同性カップルという愛とかで表現できる世間体の良い者ばかりが取り上げられ、受け入れられていく一方で、売春に従事するクィアや買春をするクィアなどに代表されるような世間体の悪い者の存在は依然として同性愛嫌悪やトランス嫌悪、女性嫌悪のターゲットとして温存されているという現状と、その現状を作るに至った背景にある LGBT 運動自体の『世間体政治』のやり口の責任を問うています。)

その寒気は、そして、すぐに灼熱の業火に吹き飛ばされた。全国LGBT活動者の会(カラフル連絡網)の呼びかけ人であり、同性愛者当事者でもあり、「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を立ち上げ、自殺対策において政府に「性的マイノリティ」も対象に含めるなど求めてきたロビイストでもある明智カイトさんが、ゲイ疑惑の****議員:ぜひ、同性愛者など性的マイノリティのいじめ対策、自殺対策に取り組んでくださいという文章を公開したことが理由だ(名前の部分は伏せてあります)。

そもそもタイトルに使われている「ゲイ疑惑」という言葉、これまでにどれだけの当事者やその友人たちがこれに反対してきたことか。性的マイノリティであることは「疑惑」を持たれるようなことではない、という主張を、私たちはどれだけ繰り返してきたことか。そして、様々な形で「疑惑」を持たれた当事者や非当事者がどれだけ社会的制裁を被ってきたことか。それを、 LGBT 運動に携わる者が繰り返すことに、私は正直驚いた。

そして、最初にこの件を報道したメディアが行ったことは明確な「アウティング」であるにもかかわらず、そこを一切批判することなく、「真偽のほどはわかりませんが、今頃この記事によって**議員は『ホモ』『キモイ』『死ね』・・・などとネット上などで激しく叩かれているのではないでしょうか」(名前の部分は伏せてあります)とだけ触れている。実際 Twitter でこの議員の苗字と「ゲイ」という言葉で検索をかけると、今回の件に関するツイートの一番最初のものは、以下の内容だった。

このツイートから明智さんの記事が出るまでに投稿されたツイートのうち、検索に引っかかったのは110件。うち、「キモイ」に準ずる表現があったのは2件、「ホモ」が含まれていたのは7件、「死ね」という表現は0だった。上記ツイートも含め、「ゲイであることとは関係なく」というスタンスのツイートも多く、少なくとも明智さんが当該記事を公開した時点でこの議員が「『ホモ』『キモイ』『死ね』・・・などとネット上などで激しく叩かれている」というのは言い過ぎだし、「のではないでしょうか」と明智さんが仰る通り特に調べてはいないのだろう。もちろん、本人が同性愛者としてもいじめ被害経験者としても当事者である明智さんが、わざわざこの議員の叩かれている様子(それは同時に、すべての同性愛者に対するヘイトスピーチでもある)を好んで見たがるわけはないし、見たくなかったという思いがあればそれも尊重されるべきではある。(8/28午前1時追記:ご本人のツイッターアカウントへのリプライを見ると、当初から少なくない数の同性愛嫌悪的表現が使われていました。圧倒的多数ではないにせよ、「激しく叩かれている」と言えなくもない状況ではあります。)

一方で、しかし、「叩かれているのではないでしょうか」という推測の言葉を書いたあと、明智さんはすぐさま以下のように話す。

そこで今回はLGBTなど性的マイノリティのいじめ対策、自殺対策について取り組んでいる「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」の取り組みについてご紹介したいと思います。

ここで自身の活動の宣伝に話が変わり、その後自殺対策、いじめ対策などにいかに性的マイノリティの子どもの存在の認知が重要かが語られる。

最後の最後に当該議員に「様々な背景を持った子どもや若者たちの命や安全を守り育む存在へと変わって欲しい」と希望を託しているが、こんな白々しい締め方があるだろうか。もしこれまでの彼の発言を踏まえてもこの議員がそんな「存在」に生まれ変われると信じているなら楽観的すぎるし、これまでの発言を踏まえても生まれ変われるほどその「存在」になるためのハードルを低く設定しているのであれば「様々な背景を持った子どもや若者たちの命や安全」が守られることはないだろうし、そもそもアウティングの被害にあっている人をつかまえて、アウティングを非難するどころかアウティングに乗っかって更にタイトル&内容で拡散しておいて、そのニュース性を利用して自分の活動を宣伝しておいて、本気で明智さんがこの議員に協力を求めているなんて1ミリも信用できないではないか。

そして、更に展開は訳のわからないことになる。

ニューヨーク在住のジャーナリスト北丸雄二さんは、これまでも米国の性的マイノリティの話題を日本に紹介するなどしてきた人だ。細かいところに違和感を感じつつも、活動には敬意を表するし、敵対する気もなかった。しかしこのツイートは一体何だろうか。「LGBT」とは、記号ではない。厳密に言えば記号だけれど、それによって指し示される人々がいる。彼の言う「隠れホモ」、つまりクローゼットのゲイ男性は、 LGBT 運動が捨てていい存在ではない。何が「エンカレッジ」だというのか。カミングアウトを奨励する動きが米国の運動において過去存在したことはある。けれどそれは、その時代その現場ごとの文脈において必要性を感じる人が多かったという歴史的状況があったのであって、それについての反省もまたなされてきたし、ましてや今の時代日本において、ましてや特定個人が大規模なアウティングを受けた直後にこんな発言をするのは、一体——正直言葉が見つからないが——どういう了見なのか。更に付け加えれば、「LGBT」という言葉に誰を含めるかは、ある個人(この場合は北丸さん)によってジャッジされるようなものではない。「LGBT」と名のつくイベントや活動においてシスゲイ男性が発言権を握ってきた歴史がある中、「ゲイ・ジャーナリスト」である北丸さんが「LGBT」に何を含めるか決めようとすることは、本人の意図がどうあれ、シス特権や男性特権と結びついてしまう。

本当にひどい状況だ、というのが今の私の感想だ。私個人の感想だから書いても意味はないかもしれないが、2015年にこういうことが起きていたという記録のためにも、ここに記しておく。

最後に、今の状況を端的に示してくれているツイートで締めたい。

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  • […] であることなども、ネットでは議論になっていた。 [引用元] 同性カップルとゲイ売春:「せっかくLGBTの認知度が上がってきてるんだから、印象悪くしないでよ」 – 包帯のような嘘 […]

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