ペドフィリアに関する私の立場の誤解とデマについて

2014年に翻訳して訳者の言葉を付記した以下の記事が、最近になって誤解を含んだ形で出回っているのを発見しました。中には私自身をペドファイル(小児性愛者)だと決めつける人も出てきているので、補足をします。

誤解:「ペドフィリアは LGBTQ+ の Qに含まれる」とマサキチトセは主張している

していません。

実際このように誤解している人たちにツイッター上でリプライや引用RTした内容を以下に抜粋します。

「クィアという言葉の射程に含まれる」と言うのは人を指す名詞としてのクィアではなく、文中で言っているような「性的な欲望やアイデンティティについて社会にどのような言説が存在するのか(過去・現在・未来にわたって)について包括的に考えるような態度」としてのクィアが考える対象として「ペドフィリアについて社会にどのような言説が存在するのか(過去・現在・未来にわたって)」も含まれる、という意味で言っています。

https://twitter.com/MasakiChitose/status/1450930503540899844

「ペドフィリアはセクシャルマイノリティ」ってのも、そんなこと言った覚えはないし、なんなら過去にはクィア系のイベントでそういう発言した人に対して「でもペドフィリア、特に男性による女児を対象とした性的欲望は、日本においてこれまで迫害の対象だったとは言えないのでは(優遇されてきた側面もあるのでは)」と返答したこともある。ネット上でも何度も「性的欲望自体を断罪することはできないにしても、欲望は常に社会的文脈に左右されるから、例えば植民地支配における宗主国側の人間が植民地側の人間を性的に蹂躙するような描写がフィクションの世界で流行したとしたら、それはクィアという批評的態度の射程範囲に入ってくる」と言ってきた。ペドフィリアも同様に、「子ども」という概念の近代史や、「子どもの人権」という人権概念の発達とそれへの反発の歴史、資本主義における子どもの描写の流通と消費、その他色々な社会的文脈を捉えれば、批評の対象になる。それを「クィア(という批評的態度)の射程範囲だ」と書いたことはあるけど、ペドフィリアをセクシュアルマイノリティだと言った覚えはない。むしろ過去には、そう主張した人にツイッター上で反論を書いたこともある。そこで書いたのは、日本のコンテンツ産業がこれまで女児描写をやりたい放題やってきたこと、特に女児への性的な視線を男性異性愛者の欲望の亜種として受け入れ、それを満たすことに日本社会全体がこれまで寛容なばかりか積極的ですらあった、という内容だった。

https://twitter.com/MasakiChitose/status/1452808863304937473

一応言っておくと、元記事を書いた2014年の段階で日本ではまだ人を指す名詞としてのクィアは一般に広まっておらず、ほとんどの人が知らない専門用語だった。私が話してるのが人を指す名詞としてのクィアではなく批評的態度としてのクィアであることは(文中で示してるとはいえ)専門外の人には伝わりやすさが不十分だったかもしれないな、と今振り返って思う。ただしそれは(私が批評的態度としてのクィアについて話してることは一応文中でも示してるわけだし)クィアが名詞として流通し始めた現在から遡ってその視点で私の文章を読み替えて構わないということではないよ。

https://twitter.com/MasakiChitose/status/1453258262682472480

「クィアにペドが含まれるという記事を界隈では有名なマサキチトセ氏も翻訳してます」というツイートに対して:

訳者として私が書いたのは、批評的態度としてのクィアの分析対象に小児性愛も含まれるという話。訳文の中ではクィアのクの字も出ていない(性的指向とは書いてあるけど)。

https://twitter.com/MasakiChitose/status/1453409090541998083

これらの説明を受けても「小難しいロジック」「詭弁」とおっしゃる人に対して:

分かりやすく言うと、ペドフィリアやそれに関する社会的言説などがクィア批評の「分析対象になる」ということです。それは植民地研究が大日本帝国を分析しても大日本帝国を肯定するとは限らないのと同様、ペドフィリアを擁護することを意味しません。分析の結果「この作品や言説は子どもの権利侵害を助長している」として、ペドフィリックな作品や言説を批判することも含まれています。 一方これは余談ですが、私が名詞としてクィアを使う時(例えば「クィアの権利と尊厳」とか言う時)に、そこにペドファイルを含めて考えてはおりません。LGBTQ+の「Q」にも含めて考えてはおりません。

https://twitter.com/MasakiChitose/status/1453943308615438341

誤解:マサキチトセは、ペドフィリアという欲望のあり方を子どもの安全や権利、尊厳よりも優先している

していません。

ツイッター上で公開された漫画(映画館職員がプリキュアの上映時に「小さい女の子に囲まれたいので、そういう席をくれ」と言われ、その時の恐怖感、そして上長に相談した時に「差別だ」と言われた時の衝撃を描いたもの)を見た人が、マサキチトセを「元漫画は差別」派——つまり描かれている上長と同じ意見を持っている——であるとツイッター上で書いており、それに対して以下のように引用RTで応答しました。

※映画館職員のツイートも、私の立場を誤解している人のツイートも、現在は削除されています。

「元漫画」って何だろうと思ってこの人のTLに行ったら https://twitter.com/anna_maria107/status/1451467214704431107?s=21… のことらしい。私は自分の店でも他の場所でのイベントなんかでも「いかに男性による女性へのセクハラや性被害を事前に防ぐか」をかなり重要な課題だと思って工夫してる。もし「小さい女の子に囲まれたい」なんて要望を聞いたら、私に権限のある場では確実に「参加拒否」しますよ。「女性に囲まれたい」でもアウト。一方、この人が言う通り性犯罪もそうだしセクハラもほぼ男性が加害者だから、女性が「イケメンが多い席がいいです」って言っても「たまたまそうなったらラッキーですね〜」って要望は無視しつつ中には入れるよ。ただ、「小さい男の子に囲まれたい」って言われたら女性でもアウトだけど。だから、「元漫画は差別」派とか言われても、勝手な思い込みで印象操作するのやめなさいよ名誉毀損ですよ、としか。

https://twitter.com/MasakiChitose/status/1452808863304937473

デマ:マサキチトセはペドファイルである

事実と異なります。

トランスジェンダーの権利や尊厳を貶めるためにトランスジェンダー当事者や支援者たちの過去の発言を(「こんなこと言ってる連中だぞ」というスタイルで)アーカイブしている差別的なウェブサイト『トランスジェンダリズムwiki』において、「マサキチトセ氏は、小児性愛者を公言してそのことの問題性を認識されていない」と書かれていたことについて、以下のように応答しました。

こんなこと言う必要ないと思うけど、私の3人いる元彼のうち2人は年上で1人は2歳下。彼氏じゃないけど関係を持った人たちは(自分が10代の頃を除けば)基本的に27,8〜40代前半で、例外として22,3歳の人が1人。ツイッターで14,5歳のゲイ男子から会いたいと言われたときは長文の説教DM送って断ってます。
行為ではなく性的ファンタジーにおいても、私は(今は体型的に成功率だだ下がりだけど)同い年か少し年上の人に甘えて欲情させるのが好きなので、あえてむりやり小児性愛の枠組みに入れるとしたら私自身はファンタジーにおいてはどっちかって言うと小児側だと思う(タチだけど(誰得情報…))。
ついでに言うと、自分が小児側として小児性愛者に欲情される性的ファンタジーは無くはない(普段そんなことは考えてないけど想像すればアリ、程度には)。レイプファンタジーを持つヘテロ女性がレイプを実際には望まないのと同様、私も実際に子どもの時に性虐待を受けたかったわけではないけどね。
なので、私は小児性愛者では無いです。当事者ではない立場から「小児性愛者という人口全体を悪魔のように社会が扱うことは結果的に小児性犯罪を温存してしまうから、児童を守ることには繋がらない」という議論を支持しているだけです。それへの反論は結構だけど、小児性愛者呼ばわりは訴訟ものよ。
ちなみに元彼に今回の件を話したら「私がショタかどうか、が問題ね。検証してもらいましょう」と意味不明のやる気を出していました。お前アラフォーやぞ。
小児性愛者(ファンタジーの有無が問題)呼ばわりされただけで小児性犯罪者(行動の有無が問題)呼ばわりされたわけじゃないから、冒頭の行動における身の潔白は示す必要なかったな。世の中「小児性愛者=小児性犯罪者」と信じて疑わない人が多いから、防衛的になってしまった。
しかし関係ないけど最初に言った14,5歳のゲイ男子の対応は大変だった。断っても断っても食い下がり続けるのよ。「絶対他の人に言ったりしませんから」とか。自分がその子の年齢の時の性的興味を振り返れば「やりたいんだろうなあ」って共感はできるけど、小児性愛傾向のある人があの調子でお願いされたら会ってしまうんじゃないかと恐ろしくなった。最後に長文DMで、危険な大人はたくさんいること、同年代と会って性的関わりだけでなくゲイ友達や恋人を作るような青春を送って欲しいことなどを伝えて、ブロックした。同じ学校や地域の繋がりの中で恋人や同じセクシュアリティの友人を作ることが困難なゲイの若者にとっては、これまでもずっと発展公園やネットの掲示板、今はゲイアプリやツイッターが頼みの綱なんだけど、そこにいる大多数は大人だから、初体験の相手が大人って子がかなり多い。最近はツイッターで若者同士で出会いやすくなってるけど、若者のふりした大人もいるらしい。
もちろん「初体験の相手は大人だったけど別に何の問題もなかったし嫌な思い出もない」というゲイ男性もたくさんいるんだけど、やっぱり中高生世代が車も金も体力もある成人男性と会うのはリスクが高い。若者には、何とかリスクの低い出会いを見つけてほしい。
(成人と中高生世代の具体的な差は、もちろん平均の判断能力や体格の差もあるけれど、例えば部屋代を払わないとドアから出れないラブホの構造は経済力の差を危険要因にしてしまうし、大都会以外では成人側が車を出して移動することが多いので車から出る自由を奪われてるのも危険要因になる。)
しかしその子には長文の説教DM送るし、「お金がなくて困ってます。父親が病気で、母親のパートの給料だけで生活してます。サポお願いします」(サポとはサポートの略で個人売春の意味)とゲイ掲示板に書き込んでた人にメールで行政の支援情報を事細かく伝えたこともあるし、たぶんウザい大人だわ。
後者の人にはさらに「どうしても行政の支援がよく分からない、窓口に行くのが不安、という場合は地元の共産党の議員に相談すると非常に親身になってくれますよ」とまで言った。絶対に返事来ないと思ってたんだけど「ありがとうございます。頂いた情報、詳しく調べてみます」と返事が来たよ。

https://twitter.com/MasakiChitose/status/1444320338079223812

また、この件については YouTube でもお話ししました。

さらに、今から10年前の2011年に私が書いたツイート(削除済み)のスクショが今でも出回っており、それを根拠に私をペドファイルだと決めつけている人がいました(画像参照)。

その人の発言:「このマサキチトセとかいうクィア主義者、どうしてここまで熱心に小児性愛なんぞを擁護するのかと前から気になっていたのだが、何のことはない、こいつ自身が小児性愛者だったというオチか。ようはテメェの性癖をテメェで正当化しているだけだな。ま、そんなこったろうと思ってたが(絵文字:両目の目線を上に上げている)」 貼られていたスクショの私の発言:「@lotus_lotus Facebook で他の人にも言われましたwっw> Gael でも私は Diego がイケるわ〜〜特にヒゲがないときはもっとイケるわ〜〜〜あたしの中のペドフィリアが疼くわ〜〜〜ww

これに対し、以下のように応答しました。

この10年前の知り合いとふざけたノリで書いたツイートが、私がペドファイルである根拠として出されている。Diego というのはディエゴ・ルナという私より6歳年上の俳優で、2011年当時31〜32歳。ここで話してた映画の公開は2001年なので21〜22歳の時の作品(その時私は15〜16歳)。
とんだ根拠だこと。
甘いマスクで、ヒゲを生やしてることが多いので、ヒゲがない状態の時はとても幼く見えて可愛い、ということを「私の中のペドフィリアが疼く」と表現しただけ。今ならそんな不用意で不謹慎な発言はしないけど、2011年当時私のツイッターは友人とだけ繋がってるようなアカウントだった。
ねむみという人はスルーでいいんだけど、百合魔王なんとかという人のことは、皆さん通報してもらえたら助かります。シンプルに名誉毀損です。
しかもこのツイートは、確か以前に誰かに問題だと指摘されたのを受け、確かに不謹慎だと思い削除しています。それがこうしてまた出てきたということは、誰かがスクショを撮っていて、保存しているのでしょうね。気味が悪い。
これさあ、ほんと酷いと思うの。 私をペドファイルということにしたい勢が放つデマが最近増えてきてて、一応冷静に対処してるつもりだけど、精神的ダメージが蓄積してるのが自分でも分かる。

https://twitter.com/MasakiChitose/status/1453741358632476678

以上、誤解とデマについての補足でした。

また何か出てきたら、ここに追記していくかもしれません。

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ABOUTこの記事をかいた人

1985年5月26日生まれ。栃木県足利市出身、ニュージーランドとアメリカを経て現在は群馬県館林市在住。2011年にシカゴ大学大学院社会科学修士課程を中退。以降ジェンダー・セクシュアリティを中心に執筆や講演など評論活動をしています。 LGBT運動と排外主義のかかわり、資本主義とLGBT、貧困二世・三世のLGBT/クィア、性的欲望に関する社会的言説の歴史、セックスワーカーの権利と尊厳などに特に関心があります。