わかりやすいフェミニズム、わかりにくいフェミニズム【再掲載】

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2022年11月20日

この記事は2010年1月20日に WAN (Women's Action Network) のサイトに掲載された「【ライブ中継への反響・その1】わかりやすいフェミニズム、わかりにくいフェミニズム」という記事の全文です。[元記事 @WAN ←削除されています。理由は以下の追記2で説明しています。]


「一般の人にわかりやすい言葉で話して下さい」と言われる経験は、私たちフェミニストには日常茶飯事だ。そう言われるたびに私はその言葉に憤りを感じ、口をつぐむ。時には相手に噛み付くこともあるけれど、そこまでして相手に分かってほしいと思っているかというとそうでもない。何が頭に来るのかと言ったら、それはフェミニズムに「わかりやすさ」を求め、「わかりやすくないなら私はそれに賛同しないぞ」と、言外にほのめかす態度なのだと思う。そしてまた、自分がわからないということを「一般の人」という安易なカテゴリーを使って、あたかもかれらを代弁しているかのような振る舞いで当然のように開き直っている様子も、苦手だ。「一般の人」とはいったい、誰のことを言っているのだろう。

「主体がどうとかいう話には興味がないんですよね」とか、「そういう議論に何か意味があるんですか?」とか、あるいは「それは一般の女性の役に立たない理論だと思います」とか、そういうことを言われると、抽象的な議論はどこかに隠居して細々とやっていきたいものだわ、と思ってしまうのだけれど、しかしそれでも私にとってのフェミニズムは、誰かにとって「興味がない」ものだったり、「何」も「意味が」ないようなものだったり、「一般の女性」とやらにとって「役に立たない」ものであったとしても、私の人生や家族、友人の人生にとって重要だと思ってやっていることだ。たとえそれが他のフェミニストから拒絶されたとしても。

私が常日頃からこういうことを言われるのは、私にとってフェミニズムとクィア理論が密接に結びついているからかもしれない。フェミニズムは必ずしも異性愛女性のことだけを考える思想ではないし、クィア理論は必ずしも同性愛者やトランスジェンダーのことだけを考える思想ではない。両者の射程は思ったよりも広く、そして互いに裏切りつつ、協力し合い、反目しつつ、アイディアを盗み合う。その両方をきちんと分けられない私にとって、「一般の女性」や「一般の人」という言葉はほとんど意味を持たない。なぜならそういう言葉が発せられるとき、ほとんどの場合、異性愛の、貧困ではない、障害のない、人種・民族的にマジョリティの、先進国の人を指しているからだ。私のフェミニズムはそういう人たちの利益のためにあるのではないし、そういう人たちに「わかりやすい」言葉で説明するような義理も、動機も一切ない。むしろある種のマジョリティを「一般」というレトリックで欺瞞的に表現するその態度こそ、私が批判したいと常日頃思っているようなイデオロギーだ。

フェミニズムは、あるいは、私が信じ、惹かれているタイプのフェミニズムは、「一般」に迎合したりしない。これまでも私の尊敬するフェミニストたちは、一般を挑発するような言葉を作り出したり、反感を買いやすい主張やパフォーマンスをしたり、そして案の定強い反発を受けて来た。その1つ1つのやり方や戦略、その成果に関しては評価が分かれる所だし、私も必ずしもそれら全てに同意するわけではないが、それらの行動の背後にある情熱のようなものには敬意を表したいと思っている。

その点で「おまんこシスターズ」という言葉を打ち出した上野千鶴子氏、多くのフェミニストに総スカンを食らってもテレビで話し続け、世間から罵倒や攻撃を受けて来た田嶋陽子氏、社会に既に受け入れられている言語をずらす実践として "womyn" や "grrl" といった言葉を積極的に使って来たアメリカのフェミニスト(の一部)など、多くのフェミニストの態度を、その評価は横に置いておくにしても、私は尊敬する。

しかし先日の WAN x ジェンダーコロキアムの共催イベント、「男(の子)に生きる道はあるか?」において、私はまたもや、絶望することになった。「男性に通じるフェミニズム」を提示したい、「男子に楽になってもらいたい」という澁谷知美氏、「男性への理解と愛情を基に」本を書き、それに「反発が驚く程なかった」ということを嬉しそうに語る両氏。

もちろん世の中を変えようというときに、特に社会政策を変えようというときには、多くの人の賛同を得る必要がある。しかしフェミニズムが容易に「一般」に受け入れられるとき、それは必ずしもフェミニズムの思想の発展や広がり、普及を意味するとは限らない。「一般」受けする思想には、常に危険が伴う。それはジュディス・バトラーがお茶の水女子大学に講演にやって来たときに、彼女の文章は難解でエリート主義に陥っているのではないかという質問に対する返答として、抵抗なしに受け入れられる言説はつまり現状既に社会に織り込み済みの言説であって、それでは理解可能性の領域の拡大を狙うことはできないと言っていたこととも共鳴する。

私もまた、2008年に NWEC でワークショップを開く際、前日の打ち合わせにたまたま同席した方に言われたことがある。「そんなに難解な議論をしたのでは、理解を得られない。理解されたいのでしょう? だったらもっと一般向けの話し方をしなくては」と。

確かに、単純なことをわざわざ言葉をこねくり回して難解にする必要はないし、そんなパフォーマンスは私も嫌いだ。しかし、そもそも「一般的」とされるような現存の言語を用いて語ることは、正にその言語が同性愛嫌悪的でトランス嫌悪的で女性蔑視的であるときに、ほとんど不可能なのである。その点において私は既にある程度語る言葉を制限されているのであり、更にそれを「一般向け」に翻訳せよというのは、二重の暴力を行使することを意味する。

過去十数年のあいだクィア運動の中で培われて来た言語、更に言えば過去1世紀(あるいはそれ以上)のあいだフェミニストたちやゲイ・レズビアン運動の担い手が紡ぎだして来た言語、黒人解放運動や障害者運動がなんとかして、あらゆる言葉をつなぎ合わせ、作り出し、また本来の意味から引き剥がし自らの言葉に変えて来た言語。それらは、私たちが日常を生き延びるために、私たち自身の人生をよりよく理解し、よりよいものにするために、日々の実践の中から生み出された言語である。私は、あらゆる理論はそのように作り出されたと思うし、またそうではない理論には魅力を感じない。わかりにくいフェミニズムこそ、私の理解可能性の領域を広げてくれるし、社会の変化への希望を感じさせられる。

だが、澁谷氏の、そして時に上野氏の今回のイベントにおける発言には、絶望しか感じられなかった。「女子も辛いが、男子も辛い」という澁谷氏の発言は(それが実際に現実を反映していることは確かだが)あまりに迎合的だと思うし、「女というところから出発して、ジェンダー規範に縛られた人間を対象にし、更にそれを男にもおろしていく」実践としての『平成オトコ塾』も、その実証研究としての評価は横に置いて言えば、なぜそんなことをする気になったのかと不思議でしかたがない。それは、上野氏の「男性への愛」という話にも感じたことだが、何よりも「なぜ、フェミニズムがずっと批判し、拒否すべく尽力して来たような『母』の位置を、自ら体現してしまっているのだろう」という疑問が頭をよぎる。

上野氏は他にも、フェミニズムを「おばさん」の言説であるとし、男受けのする「娘さん」を降りて「おばさん」になる実践とフェミニズムを接続している。しかしそもそも「娘さん maiden 」と「おばさん crone 」とを分けるジェンダー規範を批判して来たのは、紛うことなきフェミニズムではなかったか。フェミニズムの歴史的蓄積はどこに行ってしまったのか。

新春企画ということで大々的に宣伝もして、ネット中継までして、録画したものをアップロードまでして、これが2010年段階の日本のフェミニズムの集大成なのかと思うと、絶望しか感じられないのは仕方がない。ただ、これが日本のフェミニズムを代表するわけではない、代表させてはならないということを私たちは肝に銘じて、フェミニズムの実践をして行かなければならないだろう。絶望ばかりもしていられないのだ。

追記1:上の記事を WAN サイトに投稿しようと思ったきっかけ(2011/06/14)

[元記事 @フェミニズムの歴史と理論]

先日 WAN (Women's Action Network) の「よみもの」欄に寄稿したところ、早速受理され、今日既に掲載してもらっているようだ(すんげー早い!)。タイトルは「わかりやすいフェミニズム、わかりにくいフェミニズム」というもので、 1/13 に行われたジェンダーコロキアムと WAN の共催イベント『男(の子)に生きる道はあるか : 新春爆笑トーク 上野千鶴子vs澁谷知美』の映像を観ての感想を書いた文章。ちなみにその映像はここをクリックするとアクセス出来ます

よろしかったら他の方が書いている感想もどうぞ。(順番はアップされた順、たぶん)

そもそもボクは WAN の問題については積極的にネット上で何か言うつもりはなく、個人的なブログにしろこの「フェミニズムの歴史と理論」サイトにしろ、一切文章をアップするつもりはなかった。それは、そもそも動画の内容が脳天を突き破るような、あるいはじっくりと時間をかけて肉を溶かす猛毒のような、さもなくばその両方であり、書く気力も出ない状態だったから。 tummygirl さんが先陣を切ってブログ記事にしているのを横目に、「あぁ偉いなあ。そしていい文章だなあ」と涙ぐむだけのあたし。

そんなときに山口智美さんに「っていうかマサキくんって WAN の呼びかけ人? 賛同者? だったよねー」と言われて、固まる。「えー!? あーーー、そうだったかもー!」くらいの記憶力(<研究者志望として、あるいはそれ以前に運動に携わるものとしてダメ)で、見事に忘れていた。ネット上を検索しても当時の呼びかけ人のリストが見つからず、でも確かに智美さんはリストにボクの名前を見たと言うし、呼びかけ人にだけ配信されて来たはずの準備会MLというものも、しっかりメールボックスに届いていた・・・。

「全くもう、バカだなぁ WAN は(笑)」くらいで、後はもうスルーしようと思っていたのに、何と自分が呼びかけ人として参加している団体だったなんて! という驚き、というかもはやショックで、これはもう、呼びかけ人として賛同した者の責任として何かしないわけにはいかないだろうと思った。

今でもボクは WAN はつぶれればいいとか破綻しちゃえばいいとか、あるいは存在を忘れられてしまえばいい(プレゼンスが下がればいい)とか、そういう風には思っていない。使い方次第でいかようにも使えると思うし、リソースが集まっているのはある意味では有益なこともあるだろう。その分例えば、アマゾンのアフィリエイトを使っている B-WAN のように、リソースをこぎれいにスマートにまとめられるシステムを利用しているからこそ、そこからこぼれ落ちる情報(アマゾンに無い本とか、自費出版の冊子とか)が更に周縁化されて行き、作り手も減るという問題はあるけれど。

とにかく当時呼びかけ人になった時のスタンスと、今のそれは、大して変わらない。 WAN に日本のフェミニズム、あるいは日本語話者による/対象のフェミニズムを代表させてはならないし、そういう意味で WAN が大きくなって影響力を持つようになることは避けたい。けれどネットを検索すればとりあえず WAN くらいはひっかかるよ、という程度に、つまりとりあえずのきっかけとして、とっかかりとして WAN に出会う、という程度になって欲しいという希望はあるし、同時に、昔からフェミニズムに関わって来た人たちにとっても、より「使える」リソースになって欲しいとも思っている。ボク自身が今回 WAN に投稿したのは、 WAN におけるそういうリソース作りへの関与を怠って来た自分に対する反省の意味も強い。

もちろん何が「使える」リソースで何が「使えない」リソースなのかというのは議論の余地があるけれど、それはボクが信じる限りのところを、口を挟んで行く(投稿したり、意見したり?というところで)という方法しかないかなと思っている。だからこそ今回は、例えば「 WAN のやったイベントは、異性愛中心主義的だった!」と思っても、呼びかけ人であるボクは外部のブログからそれを批判することは出来ないと感じた。やるなら内部で、つまり WAN のウェブサイト上でやるべきなのだし、恐らくこれまでもやるべきだったのだ。

追記2:この記事を WAN から取り下げた理由(2020/09/10)

2020年8月12日、WAN サイトにて石上卯乃氏による「トランスジェンダーを排除しているわけではない」というトランス差別的な文章が掲載され、その後この記事について WAN サイト上でも SNS やブログ等でも数々の反論、批判が出されました。ふぇみ・ゼミ×トランスライツ勉強会による公開質問状も出され、フェミニズムやトランスジェンダーの尊厳と権利に関心を持つ多くの人々が WAN の誠実な対応を期待していたものと思います。

ところがこの公開質問状への回答は、ひとつひとつの質問に答えることを拒否しながら、理事会や各理事の責任を無いものとし(理事会のメンバーのリストはサイトより削除されました)、「自由でオープンな議論」の名のもとに当該の差別的な文章の掲載を正当化する内容でした。

これを踏まえ、2020年8月31日に、私が以前書いた上の記事を削除して頂くよう WAN サイトの問合せフォームより依頼しました。削除依頼の内容は以下のとおりです。

※画像のあとにテキストでも書いてあります。また、文中の URL は WAN へのアクセスを奨励したくないため、冒頭の h を抜いたものとなっています。

記事執筆削除のお願い

平素は大変お世話になっております。
WAN 立ち上げ時には呼びかけ人として名を連ねておきながら、その後の WAN のご活動や WAN サイトのご発展には何も協力できないままとなっており、大変恐縮です。

この度以下の記事を拝見しました。
公開質問状への回答 WAN編集担当
ttps://wan.or.jp/article/show/9108

かねてより WAN サイトにおけるトランス排除的な記事の掲載については大変問題であると認識しておりましたが、この件に関して WAN サイトは多数の人々から指摘や批判を受け、また今回ご回答されている公開質問状の中でも記事の何が問題とされているのか詳らかにされているにも関わらず、編集ご担当者はその問題点に真摯に向き合おうとしていないように見受けられます。

あの記事は、それ存在事態が差別的行為であると私は考えております。よって、それを掲載し、今も掲載し続けている WAN サイトは、差別的行為を主体的に行っているのであり、かつそれを「自由でオープンな議論」という建前で正当化しようとしているのは、差別を主体的に肯定していることになってしまいます。

私はかつて、以下の記事を WAN サイトに掲載して頂いたことがあります。
【ライブ中継への反響・その1】わかりやすいフェミニズム、わかりにくいフェミニズム
ttps://wan.or.jp/article/show/2917

当時は WAN によるイベントへの批判も掲載するというご判断を支持しておりましたが、今回の質問上へのご回答を拝見し、「自由でオープンな議論」という WAN サイトのスタンスが必ずしも誠実にそのような場であろうとしているのではなく、むしろ建前としての側面が大きいのだと認識するに至りました。そして、その建前の一翼を担うことを私は拒否したいと考えております。

つきましては、お忙しい中とは存じますが、私の書いた当該記事を WAN サイトより削除して頂ければ幸いです。

何卒よろしくお願い申し上げます。

マサキチトセ

誤字もありますが、特別悪意を込めてもいませんし、至ってまともな要求だとも思っています。しかしながらその後ご返信は頂けないまま、9月6日午前2時半に確認したところ、当該記事が削除されていることを確認しました。

WAN は NPO という公共性のある組織です。まさか何も返信が来ないとは思っていなかったので、正直驚いています。内容には触れなくとも「削除のご依頼を受け、○月○日に記事を削除致しました」だけでもせめて、と思うのは、まだ私が WAN に期待しすぎているのでしょうか。

また、こういったことをボランティアの編集担当者にすべて任せている理事会にも大きな不信感を抱いています。WAN は以前にもスタッフと労働問題を起こしています。その時に「ボランティア」を中心に考えていく、というその後の方針を出していましたが、ボランティアであれば何をさせてもいいわけではありません。また、以下のツイートで書いたとおり、ボランティアが行ったことに理事会が責任を持たなくていいわけでもありません。

私は WAN メールマガジンを購読していますが、その中には「WANサイトは認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)が運営しています。」という文言が入っています。なぜかこの表記が無い号もあるのですが、直近では2020年7月25日の発行号には表記がありました。

ですので、公開質問状への回答における

WAN サイトの投稿記事の採用については WANボランティアのなかの編集担当が裁量権を持っており、これまでもこれからも理事長および理事会が関与するものではない

ttps://wan.or.jp/article/show/9108

という主張は通りません。これをボランティアの編集担当者が自ら書いたのかと思うと(その人がどれだけトランス差別的な考えを持っていたとしても)本当にいたたまれませんし、あるいは理事会からこのような文言を書くよう指示や圧力があったとしたら明白なパワハラ問題が生じているということでしょう。いずれにしても、前回の労働争議の際の理事会の対応の酷さに加え、今回の件で WAN の運営体制に対する疑念は強くなりました。

今回の記事引き下げは、私一人の動きではありませんでした。他にも多くの方々がかつて掲載された文章の削除依頼を出しています。これはふぇみ・ゼミ×トランスライツ勉強会によっていずれアーカイブ化されるそうです。

誰もが無謬ではありませんし、WAN にせよ誰にせよ間違いをおかしてしまうことはあります。しかし WAN は今回のことで少なくとも過去に2回、自らに突きつけられた批判に対して不誠実な態度をとったことになります。これを受け私は、WAN 立ち上げの際に呼びかけ人として名を連ねた者として、今度は、WAN サイトを利用しないこと、WAN を支持しないことを周囲の人々に呼びかけて参ります。(誠実な対応が今後見られた場合はその限りではありません。)

ABOUTこの記事をかいた人

1985年5月26日生まれ。栃木県足利市出身、ニュージーランドとアメリカを経て現在は群馬県館林市在住。2011年にシカゴ大学大学院社会科学修士課程を中退。以降ジェンダー・セクシュアリティを中心に執筆や講演など評論活動をしています。 LGBT運動と排外主義のかかわり、資本主義とLGBT、貧困二世・三世のLGBT/クィア、性的欲望に関する社会的言説の歴史、セックスワーカーの権利と尊厳などに特に関心があります。