下部に追記(2023年7月20日)があります。
2015年6月26日、米国最高裁判所で争われていた Obergefell v. Hodges の裁判において、「すべての州に、同性カップルへの婚姻ライセンスを発行すること、そして他の管轄区において有効に遂行された同性婚を認知することを要求する」判決が出された。これをきっかけに、私たちは多くの友人が Facebook や Twitter のプロフィール写真を薄い——あるいは薄っぺらい——レインボーに染めるのを見たし、米国のニュースサイトでは歓喜するレズビアン女性とゲイ男性の姿が写真に収められていた。
一方日本では、渋谷区が2015年3月31日に「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を可決し、翌日4月1日の施行となった。これは、任意後見契約や準婚姻契約書などの公正証書を(多くの場合行政書士に依頼して)作成、渋谷区に提出することで、渋谷区が当該同性カップルがカップルであることを証明する証明書を発行するというものだ。米国最高裁判所の判決の約1ヶ月後、7月29日には、世田谷区が(条例ではなく)要綱という形で、11月以降の実施をめどに、同性カップルがカップルであることを宣誓したことを示す宣誓受領証を区長名義で発行するとしている。どちらも法的な拘束力は持たず、他の自治体によって認知される性質のものでもないが、やはり多くの当事者やその友人たちに歓迎される動きとしてメディアを賑わせたことは間違いない。淀川区の「LGBT支援宣言」は日本の自治体で初めての動きとして歴史的な意味があったが、主流マスメディアに同性カップルの行政的な認知についてのトピックを扱わせたという点では渋谷区もまたターニングポイントを作ったと言えるだろう。一方で、淀川区の「LGBT支援宣言」の中心人物である榊区長が生活保護受給者への不当な扱いを支持していることや、渋谷区の条例の中心人物である長谷部区議がナイキパークの立役者でありホームレス排除に積極的であることなども、ネットでは議論になっていた。
米国においても、日本においても、同性パートナーの社会的な地位は(未だ日本では法的な保護に至らないとはいえ)改善に向かっていると言えるだろう。
そんな中、7月27日に男性向け男性風俗店の店長が、16歳を従業員として雇い使用していたとして児童福祉法違反(児童淫行)の容疑で逮捕された。この風俗店は大手チェーン店で、おそらく日本でも最大規模のものだと思われる。これまでほぼ黙認されてきたゲイ男性向けの風俗産業の、それも最大手がこういった事態になったことで、少し不穏な印象はあったが、この事件ひとつをとって何か新たな動きを感知するのは早計だと思い、このとき私はあまり注目してはいなかった。
そして、8月25日、米国の最大手男性風俗サイト Rentboy.com の CEO 及び6名の従業員が売春斡旋等の罪で逮捕されたというニュースが飛び込んできた。ちなみにこれは、アムネスティが売買春の非犯罪化を提言したことが話題になったばかりの出来事だったこともあり、米国のクィアコミュニティには衝撃を受けた者も多い。 Rentboy.com は個人のセックスワーカーが自分の宣伝を掲載するサイトとして利用されており、「Rentboy.com によって商売が安全にできたんだ」と証言するセックスワーカーもいる。また、プライドパレードにフロートを出すなど、ゲイコミュニティーとのつながりもある企業だった。
そして翌日8月26日、日本のある男性議員がゲイ向け出会い系サイトで出会った19歳男性に金銭を支払って性的関わりを継続的に持ったことが報道された。報道されている通り、日本の法律において男性同士の売春は罪として規定されておらず、今回のケースも相手が18歳以上であることから法的問題は無い。しかし、この議員は名指しで公に性的プライバシーを暴かれ、真偽はわからないにせよ、性的指向も暴露されてしまった。報道されている本人と相手との LINE メッセージアプリでの会話を見るに、(それがロールプレイで無い限り)デートDVの加害があった可能性が高いように感じられるが、それは別の観点で批判されるべきことだ。
まとめると2015年になってから以下のようなことが起きている。
- 3/31 渋谷区条例可決、翌日施行
- 6/26 米国最高裁判所、同性カップルへの婚姻の権利を全国的に認める
- 7/27 日本の男性向け男性風俗店店長が児童淫行の容疑で逮捕
- 7/29 世田谷区要綱提出、11月実施予定
- 8/25 米国最大手男性風俗サイト CEO 及び従業員が売春斡旋等の容疑で逮捕
- 8/26 日本のある男性議員が19歳男性を買春していたことが報じられる
Respectability politics という言葉がある。 respectability とは「社会的に受け入れられる、きちんとした状態」、つまり世間体が良いことを指す。 politics は政治だ。つまり、ある特定の人々に対する差別に対抗する中で、そこで差別されている人々がいかに「まっとうな人間」かどうかを説明する形で、世の中に差別解消を訴える、そういった政治活動のやり方を respectability politics と言う。「世間体政治」とでも訳せるか。
Rentboy.com のニュースを見て、米国における LGBT 運動が持つ respectability politics という側面の危険さを改めて恐ろしく感じていたところに、上記男性議員のニュースが入ってきた。「世間体の良い LGBT だけが生き残る世界」になりつつあるんだ、という、うんと前から気付いていたことだけれど、改めて現実として、現在進行形の、もう始まってしまったこととして目の前に見せつけられて、私は寒気がした。(8/28午前1時追記:誤読されているのを2回ツイッターで見たので追加説明をしますが、ここで私は、LGBT の中でも同性カップルという愛とかで表現できる世間体の良い者ばかりが取り上げられ、受け入れられていく一方で、売春に従事するクィアや買春をするクィアなどに代表されるような世間体の悪い者の存在は依然として同性愛嫌悪やトランス嫌悪、女性嫌悪のターゲットとして温存されているという現状と、その現状を作るに至った背景にある LGBT 運動自体の『世間体政治』のやり口の責任を問うています。)
その寒気は、そして、すぐに灼熱の業火に吹き飛ばされた。全国LGBT活動者の会(カラフル連絡網)の呼びかけ人であり、同性愛者当事者でもあり、「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を立ち上げ、自殺対策において政府に「性的マイノリティ」も対象に含めるなど求めてきたロビイストでもある明智カイトさんが、ゲイ疑惑の****議員:ぜひ、同性愛者など性的マイノリティのいじめ対策、自殺対策に取り組んでくださいという文章を公開したことが理由だ(名前の部分は伏せてあります)。
そもそもタイトルに使われている「ゲイ疑惑」という言葉、これまでにどれだけの当事者やその友人たちがこれに反対してきたことか。性的マイノリティであることは「疑惑」を持たれるようなことではない、という主張を、私たちはどれだけ繰り返してきたことか。そして、様々な形で「疑惑」を持たれた当事者や非当事者がどれだけ社会的制裁を被ってきたことか。それを、 LGBT 運動に携わる者が繰り返すことに、私は正直驚いた。
そして、最初にこの件を報道したメディアが行ったことは明確な「アウティング」であるにもかかわらず、そこを一切批判することなく、「真偽のほどはわかりませんが、今頃この記事によって**議員は『ホモ』『キモイ』『死ね』・・・などとネット上などで激しく叩かれているのではないでしょうか」(名前の部分は伏せてあります)とだけ触れている。実際 Twitter でこの議員の苗字と「ゲイ」という言葉で検索をかけると、今回の件に関するツイートの一番最初のものは、以下の内容だった。
このツイートから明智さんの記事が出るまでに投稿されたツイートのうち、検索に引っかかったのは110件。うち、「キモイ」に準ずる表現があったのは2件、「ホモ」が含まれていたのは7件、「死ね」という表現は0だった。上記ツイートも含め、「ゲイであることとは関係なく」というスタンスのツイートも多く、少なくとも明智さんが当該記事を公開した時点でこの議員が「『ホモ』『キモイ』『死ね』・・・などとネット上などで激しく叩かれている」というのは言い過ぎだし、「のではないでしょうか」と明智さんが仰る通り特に調べてはいないのだろう。もちろん、本人が同性愛者としてもいじめ被害経験者としても当事者である明智さんが、わざわざこの議員の叩かれている様子(それは同時に、すべての同性愛者に対するヘイトスピーチでもある)を好んで見たがるわけはないし、見たくなかったという思いがあればそれも尊重されるべきではある。(8/28午前1時追記:ご本人のツイッターアカウントへのリプライを見ると、当初から少なくない数の同性愛嫌悪的表現が使われていました。圧倒的多数ではないにせよ、「激しく叩かれている」と言えなくもない状況ではあります。)
一方で、しかし、「叩かれているのではないでしょうか」という推測の言葉を書いたあと、明智さんはすぐさま以下のように話す。
そこで今回はLGBTなど性的マイノリティのいじめ対策、自殺対策について取り組んでいる「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」の取り組みについてご紹介したいと思います。
ここで自身の活動の宣伝に話が変わり、その後自殺対策、いじめ対策などにいかに性的マイノリティの子どもの存在の認知が重要かが語られる。
最後の最後に当該議員に「様々な背景を持った子どもや若者たちの命や安全を守り育む存在へと変わって欲しい」と希望を託しているが、こんな白々しい締め方があるだろうか。もしこれまでの彼の発言を踏まえてもこの議員がそんな「存在」に生まれ変われると信じているなら楽観的すぎるし、これまでの発言を踏まえても生まれ変われるほどその「存在」になるためのハードルを低く設定しているのであれば「様々な背景を持った子どもや若者たちの命や安全」が守られることはないだろうし、そもそもアウティングの被害にあっている人をつかまえて、アウティングを非難するどころかアウティングに乗っかって更にタイトル&内容で拡散しておいて、そのニュース性を利用して自分の活動を宣伝しておいて、本気で明智さんがこの議員に協力を求めているなんて1ミリも信用できないではないか。
本当にひどい状況だ、というのが今の私の感想だ。私個人の感想だから書いても意味はないかもしれないが、2015年にこういうことが起きていたという記録のためにも、ここに記しておく。
最後に、今の状況を端的に示してくれているツイートで締めたい。
追記(2023年7月20日)
エンダー @52qt という人がこの記事をツイッターでシェアし、コメントを書いていたので、以下に応答します。
エンダーさんのツイートは、この記事の以下の部分に対するものです。
そんな中、7月27日に男性向け男性風俗店の店長が、16歳を従業員として雇い使用していたとして児童福祉法違反(児童淫行)の容疑で逮捕された。この風俗店は大手チェーン店で、おそらく日本でも最大規模のものだと思われる。これまでほぼ黙認されてきたゲイ男性向けの風俗産業の、それも最大手がこういった事態になったことで、少し不穏な印象はあったが、この事件ひとつをとって何か新たな動きを感知するのは早計だと思い、このとき私はあまり注目してはいなかった。
■あまり注目してなかったらしいですよ。
■未成年の性的虐待を見逃すなんてたいした倫理観ですね。
→きちんと警察が動いて逮捕者が出ている事件です。私が「見逃す」というのは、いったいどういう行為を指しているのですか?
当然16歳の少年が働いてたことは遺憾ですし、その少年の生育環境やこれまでの道のりに思いを馳せて心が苦しくはなります。未成年の場合は家出やネグレクトなどの可能性もありますし、そう考えると、この事件をきっかけに実家に戻されることで更なる危険があるのではないかという不安もあります。ただ、未成年がセックスワークに携わることは異性間ではとんでもない規模で起きていることで、その個別の1つ1つの事件に(それも逮捕済みのもの含め)注目していたら時間がいくらあっても足りません。私は青少年育成の専門家ではなく、クィア理論を専門とする人間です。ですので、私の記事の主軸は、性のあり方についてどういう言説が社会に存在するか、どう変遷してきて、どう変遷していくか、というものです。
■まっとうな人であることを示していくやり方が気に食わないそうですね。
■未成年に対する大手風俗会社、会社ぐるみの未成年への性的虐待に注目しないし、言及しなかった。でもペドフィリアではないとのこと。容認はするんですね。
■権利活動って、ゲイの未成年への虐待は無視するんだ。
→主語が大きすぎることに、ご自身でお気づきになりませんか? あなたは単に私やLGBT関連の活動家たちを貶めたいだけですよね?
また、未成年を働かせたという今回の事件について言及しないことが「容認する」と解釈されるのも不当です。私はセックスワークについて成人が行うそれと未成年のそれには大きな違いがあると思っていて、後者は多くの場合ネグレクトや家出、虐待、その他色々な事情があっての非行などが背景にある「サバイバルセックス」というものだと思っています(もちろん成人が行うセックスワークもサバイバルセックスに該当することは多々ありますが)。さらに LGBT などに当てはまる子どもは、余計に家族との不和を経験する可能性が高いです。
未成年であることは、金銭的にも判断力的にも買い手より売り手が不利であることを意味します。なのでサバイバルセックスは当然リスクが高いものとなりますが、一方で、サバイバルセックスをやめさせればいいという考えには同意していません。生きるための手段を奪ってしまったら、明日からどう生きればいいのでしょう。多くの場合未成年者は保護者のもとに戻されます。かつて追いやられた場所に戻された子どもは、また外に出てきます。
私は未成年を働かせたという今回の事件を「容認」はしません。けれど、それをとんでもなく悪いことだと断罪して終わりでよいとは思いません。働かせた大人に対しては「働かせるんじゃなくて、系列のセックス無しの職場で裏方やらせるとか、知り合いのツテで別のバイト探してあげるとか、もっとできることがあったんじゃないの?」と責めたいですし、そして当該の未成年者に対しては「そういうこともあるよね、これから強く、たくましく生きてね」と言いたい、というところです。
あと、「ペドフィリアではないとのこと」というのは、いったいどういう意味でしょうか。私が今回の事件について言及しなかったことが私がペドファイルであるか否かと関係あるとでも言いたそうですが。
■業界全体てことは、それを問題視しない倫理観の人たちなんだ〜って思われて仕方がないです。
→「業界全体てことは」とありますが、業界全体の話って私どこかでしてますか? してないですよね?
「人たち」って誰ですか?
とにかくあなたは論旨がむちゃくちゃです。言ってないことを捏造して、LGBT 関連の活動家や運動体のことを貶めようとしているだけですよね。
■黙認されていた〜から読むと、マサキチトセは、昔からゲイ男性向け風俗で未成年が性的虐待を受けていたことを知っていた上で容認していたわけで、それで「ペドフィリアではありません!その上ペドフィリアは性犯罪者ではない!一緒にするのは差別!」
■それは通らない
→あなたの誤読です。「これまでほぼ黙認されてきた」がかかるのは「ゲイ男性向けの風俗産業」です。未成年が働いていたことではありません。男性向け女性風俗産業はいわゆる「本番」を禁止する法律があり、また、さまざまな法改正を経て現在は店舗型がどんどん減り、よりリスクの高い出張型ばかりになっている、という歴史があります(書籍『セックスワーク・スタディーズ』が詳しいです)。一方で男性向けの男性風俗産業はそうした規制の対象となってはこなかった。警察は男性向け男性風俗を取り締まり対象として積極的に注目してこなかった。そういう話です。未成年の話はこの文には関係ありません。
■しかも、興味は、未成年の心配じゃなくて、風俗の会社や利用しにくくなるとか、そんな方向じゃん?
→あなたの妄想です。私は性風俗産業の企業に思い入れなどないですし、他の産業の企業と同じように「労働者の権利と尊厳を大事にしてくれよな」と思っている程度です。また「利用しにくくなる」ことを私が心配しているかのような記述については、お前は私の何を知ってんの? と思います。私は性風俗サービスを受けたことがこれまでの人生で一度もありませんし、いつかもし利用することがあるとしても「自分が風俗を利用しやすい社会になってほしいな」なんて思いません。
私のこの記事の主軸は、行政や司法が LGBT に関して理解や配慮を進める一方、セックスワークなどに関わる部分はより強い取り締まりや嫌悪の対象となってきている、という話です。その話の流れで1つの例としてこの事件を他の例と並べただけです。
あなたはこちらの記事についてもとにかく好戦的で、私を貶めようと躍起になっていますが、そんな時間があったらもうちょっとゆっくり、文脈を考えながら文章を読む練習でもされたらいかがでしょうか。