「源静香さん(63)の独白」 -ドラえもん二次創作シリーズ第1弾

今はもう平気で観れますけれど、あの連載が始まった時は、心の底から怒りが沸き上がって来ましたね。あんな風に勝手に私の名前を使われるなんて、思ってもいませんでしたから。武さんが自分の少年時代のことを漫画で描くつもりらしい、というのは聞いていましたけれど、ああいう形で私たちのあの時代が描かれるというのは、正直ショックでした。すぐにのび太さんとスネ夫さんに連絡を取ったのですが、のび太さんはただただ驚いているという様子で、スネ夫さんは連絡が取れない武さんに対して怒りを抑えられないという感じでした。それは私も同じ気持ちでしたので、その後も何度か武さんに連絡を試みましたが、一切つないではもらえませんでした。

それから1年も経たないうちに、スネ夫さんが自殺したという連絡をもらって、本当にやりきれない思いで一杯になりました。その時わたしは既に独り身でしたので、子供もいませんし、同じマンションの住人から「変な噂が流れてるけれど大丈夫?」と心配されるくらいで済んでいましたが、スネ夫さんはご家族もいたようですし、仕事先でも相当嫌な思いをしていたそうです。それから少しして、奥様とお子さんたちは奥様の旧姓に名字を変えて、東北の方へ引っ越されたとのことです。

あれからもう30年になります。のび太さんもいなくなってしまった今、唯一連絡を取り合っているのはのび太さんのお母さんである玉子さんと、武さんの妹さんのクリスチーネ剛田さんだけです。結局、女は強い、ということでしょうか。あるいはそもそも女である私たちは、勝手に名前を奪われて、納得のいかないストーリーを書かれることに慣れていたのかもしれませんね。ただ、あの頃私と同じようにあの仲間で仲良くしていたのにも関わらず最後まで『ドラえもん』に登場することのなかった香苗ちゃんは、そう強くもいられなかったようです。四国の親戚のところに身を寄せたと聞きましたが、それも20年近く前のことですので、今はどうしていることか・・・。

勝手に歪曲されて、「キャラクター」という型にピッタリはまるように作り上げられることが、どんな気持ちか、香苗ちゃんには分からなかったでしょうし、彼女のように一切描かれずに過去から抹消されることがどんな気持ちか、私には分かりません。でも恐らく、私か香苗ちゃんのどちらかが消されることは間違いなかったのでしょうね。『ドラえもん』で描かれた時代のすぐ後に私たちの青春を襲った悲劇は、あまりにも複雑で、あまりにも残酷でした。だから、武さんはあの物語に女を2人も登場させたくなかったのだと思います。特に、「ドラえもん」と私たちが呼んでいたあの老人と性的関係を結んでいた香苗ちゃんのことは。

中学に入ってすぐに、香苗ちゃんは妊娠しました。あの当時知識の少なかった私はドラえもんとの子供だろうと思ったのですが、今考えてみれば武さんの子供だったのかもしれません。頼る人もいず、私たちに助けを求めた香苗ちゃんにやけに協力的だったのも、そう考えればつじつまが合います。こうやって私が勝手に想像で話をするのも、武さんがやったように、過去をねつ造することになってしまうのかもしれませんが、もはや武さんもこの世にはいませんし、私の視点から見たもう一つの『ドラえもん』だと思って聞いてください。漫画でも登場したあの空き地に夜中に集まって、香苗ちゃんのお腹の子をどうするべきか話し合いました。けれど中学生の私たちが思いつくことと言えば「やっぱり親に相談するのがいい」だとか「産んだらどうか」とか、無責任なものばかりでした。その中で武さんだけが具体的な案を出したのです。それはお腹を蹴ったり殴ったりすれば子供は死ぬだろうという原始的なものでしたが、泣きじゃくるだけの香苗ちゃんを前に、誰も武さんよりいい案を思いつくことは出来ませんでした。

皆さんもよくご存知のあの土管の中で、それは起こりました。あの空き地は漫画やアニメに登場するようなこぎれいなものではなく、草がぼうぼうに生えていて、左奥の方に屋根も壁も窓も壊れた木造の薄気味悪い小屋があったのです。土管はその中に5~6本入っており、入りきらなかったものが2本、近くに転がっていました。土管自体も実際はもっと太く、腰を屈めれば小学生ですから中を通れるくらいでした。初めはみんな土管の横から香苗ちゃんのお腹を蹴る武さんを見ていましたが、真っ先に耐えられなくなった私がもう一つの土管の中に入りしゃがんで震えていると、スネ夫さんとのび太さんも続いて入って来ました。ドスッグニュッ。香苗ちゃんの押し殺した悲鳴に混じって聞こえる鈍い音は、それから数年ものあいだ私の耳から離れませんでした。

漫画やアニメで『ドラえもん』を観ていた人からしたら、武さんのこの行動は正に「ジャイアン」らしい、暴力的な姿だと思われるでしょう。でも実際には武さんはおとなしいタイプでした。普段から常に周りを気にして、決して自分から意見を言ったりしない、寡黙な少年だったのです。一方でスネ夫さんと言えば、どちらかというと体も大柄で、小学生にしては声も低く、漫画の「ジャイアン」ほどではないにしても、ガキ大将的なイメージがありました。のび太さんは飄々としていて、誰に何を言われても気にしないような、自由奔放な感じの男の子だった記憶があります。私自身もまた、『ドラえもん』で描かれているイメージとはほど遠い、ぶくぶく太って、目も小さくつり上がって、スカートではなくモンペを履いているような女の子でした。スネ夫さんといつも張り合って喧嘩になり、怪我の絶えない日々だったと生前母が思い出話の種によく言っていたものです。唯一似ているのは、髪の毛を2つにしばっていたことくらいでしょうか。

そんな感じでしたから、私たち3人にとってこの時の武さんの行動はとても恐ろしいものでした。土管の中で震えながら3人は、香苗ちゃんの体が殴られ蹴られているということ自体というより、武さんのあまりの変貌ぶりに怯えていたのだと思います。20分くらい経った頃でしょうか、ずいぶん長く感じたものですが、肉を打つ鈍い音がやみ、息を切らせた武さんの呼吸音と痛みに耐えてうなっている香苗ちゃんの声のする土管を覗くと、下半身を血まみれにした香苗ちゃんと、香苗ちゃんの頭に覆い被さるようにして倒れ込んだ武さんの姿がありました。なぜか私はそこで突発的な衝動に駆られ、武さんの背中に食らいつき、気がついた時には武さんの後頭部を何度も何度も肘や拳で殴り、掌で頭を土管の壁に打ち付けていました。ドラえもんとの子供だと頭では分かっていても、そしてそれ故に怒りは老人にだけ向けられていたのにも関わらず、私は武さんの行動が恐ろしく感じられて、なぜか、20分間香苗ちゃんの体を傷つけ続けたことによって疲労している隙にこの男をやっつけなくてはならない、という根拠の無い義務感を感じていたのです。

ほんの5分くらいの間だったでしょうか、平静を取り戻した私は両腕をスネ夫さんにつかまれ、土管の外に出されていました。蛍光灯に照らされた暗黒のようだった空気が少しずつ藍色になり、明け方の近いことを悟ると、誰からとも無く立ち上がり、空き地の後片付けが始まりました。香苗ちゃんは水道で下半身や血まみれになったスカートと下着を洗い、こうなることを予測していたかのように取り出したタオルで武さんが土管を掃除していました。のび太さんが小屋の中にあったバケツで水道から水を汲み、土管の中に流し込みます。スネ夫さんは私の隣でもう一つの土管に座り、星のない星空を眺めていました。私が土管から飛び降りて道路に歩き出すとスネ夫さんが後ろから付いてきましたが、歩き続けているうちにあきらめて空き地に戻ったようです。

その朝から、私たちは一切互いに口を聞かなくなりました。不可解な行動は2つありました。おとなしい武さんが香苗ちゃんの中絶に関しては急に暴力的になったこと。そして皆で決めたことをやり遂げただけの武さんに突然つかみかかった私。しかし私たちはその2つの謎を、謎のまま封印することにしたのです。数日後、ドラえもんが死んだと聞きました。死因は心臓発作だそうです。第一発見者は玉子さん。少なくとも、玉子さんが第一発見者だということになったようです。

たった一つの過ちから、私たちには暴力と死の運命がつきまとい出したようです。いや、過ちはたった一つではなかったのかもしれません。歴史上連綿と引き継がれた暴力と死の連鎖が、たまたま私たちのところにその枝葉をたどり着かせたのかもしれません。数多くの香苗ちゃんが、これまでも、今現在も、そしてこれからも、存在し続けるのだと思います。性によって傷つけられ、更に暴力によって傷つけられ、そして忘却によって再度傷つけられる。私もまた、言葉にできない怒りを表現し、暴力に暴力で応酬したにも関わらず、そんなことは無かったし、ありえなかったのだという物語をあてがわれる。でもやっぱり、女は強い、ということなのでしょうね。私たちは生きています。細々とですが、社会の中の不条理に四方八方から押し潰されそうになりながら、それでもそれをよけ、かわし、時には潰されることをも厭わず、何とか生きています。きっと生きているうちには外に戻って来れないであろうのび太さん。家族を残し自殺したスネ夫さん。その日は出かけていていないはずの妹の部屋から飛び出して来た暴漢に襲われて命を落とした武さん。

武さんは勝手な物語を作って私たちの触れてはいけない過去を隠蔽しようとしました。彼は単純に私たちの過去を、汚れのない、「子供時代」と呼ぶにふさわしいものへと書き換えたかったのかもしれません。けれどそれは、過去の秘密を覆い隠していた絆創膏、私たち全員が互いに舐めることもえぐることも避けて来た傷の応急処置を、全て台無しにする行為だったのです。過去は、1つに絞ってはいけないのです。過去は常に謎めいていて、分かるようで分からない、不可解がうごめいている場所なのです。そして、だからこそ私たちは生きていけていたのです。『ドラえもん』は、傷の形ももうぼんやりとしか思い出せなかった私たちにとって、傷の影を映し出してしまったのです。「お前らの過去は、この『ドラえもん』には描かれていない」と。否定神学が始まった途端、私たち一人一人は「『ドラえもん』に描かれなかった真実」の存在を突きつけられ、それを欲望してしまったのです。

私の目はつり上がっていません。小学生のころから今まで、太ったこともありません。小学3年生のときに初めてスカートを買ってもらい、嬉しくて毎日それを履いて学校に通っていました。けれど私は、『ドラえもん』に出てくる「しずかちゃん」が嫌だった。あまりにも、私と似ていた。武さんは当時の私をほぼ正確に描写していました。漫画のコマやアニメのセルが映さない源静香にはもっと色々な側面があったけれど、少なくとも見えていた部分に関しては作品通りでしょう。それが許せなかったのです。だから今日はこんなお話をしたのです。でも、全てが嘘だというわけではありません。香苗ちゃんは本当にいたし、ドラえもんは老人でした。老人を殺したのは私です。

老人が私に最初に声をかけたのは、ちょうど新しいスカートを履いて登校し始めた夏休み明けの2学期初頭のことでした。老人はのび太さんの家に住んでいる男性で、当時も今も、野比家といったいどんな関係にあったのか一切分かりません。しかし勝手にのび太さんの祖父だろうと思い込み、疑うことなく野比家へと付いて行きました。半年ほど放課後の老人との押入での「遊び」が続いたころ、老人は突然私を待ち伏せしなくなったのです。変に思い、ある日鍵の空いている野比家の裏口から侵入し、2階のドアを開け押入を開けると、香苗ちゃんと老人がいました。驚いた私は後ずさりをし、パッと振り向いてそのまま階段を駆け下り、裏口を出て走り出しました。老人とはそれっきり、話をすることもありませんでした。

こんなことを言うと、私は老人を独り占め出来なかったことによる嫉妬から老人を憎んでいたかのように聞こえるかもしれません。しかしそれは違います。1つには、私という存在が、つまり私の股間や胸という身体部位が、香苗ちゃんの股間や胸と交換可能なものであるということに衝撃を受けたこと。もう1つは、正にそれが故に、私の身体と香苗ちゃんの身体が重なりあうような感覚、一体となるような感覚、私の快楽が香苗ちゃんの快楽であり、香苗ちゃんの快楽が私の快楽でもあるという錯覚的な同一化が、私の香苗ちゃんを見る目を急激に変えてしまったのです。私の身体と香苗ちゃんの身体が同一なのであれば、私の身体は香苗ちゃんのもの、香苗ちゃんの身体はわたしのもの。そう考えるようになったのです。

だから、老人が香苗ちゃんの体を好きなようにしているときや、武さんが土管で香苗ちゃんの体に暴行をはたらいていたとき、私も同時に暴力を振るわれていたのです。私の身体、私の胸、私の性器、私の子宮。これらは、私が自ら守らなくてはならないものでした。今考えるとなんておこがましいことだろうと自分でも思います。香苗ちゃんの体は香苗ちゃんのものなのに。私は勝手にそれを「私が守る」対象として見ていたのです。でも当時の私には、それが全てでした。これが、当時の私の欲望です。『ドラえもん』が決して語らなかった欲望です。「しずかちゃん」が持つべきとされている願いや欲求からはほど遠い、私の秘密の欲望です。その欲望は、あのとき武さんを殴り続けた時に爆発したはずなのに。それをみんな見ていたはずなのに。

きっと、さっきも言ったように、消されるのは私か香苗ちゃんのどちらかだったのでしょう。香苗ちゃんが消されたのは、恐らく、彼女が老人に性的な虐待を受けていたからでも、望まぬ妊娠と中絶を経験したからでもありません。それは、香苗ちゃんが意味するものが、私の欲望だったからです。本当に消されたのは、私の欲望なのです。きょうび女は、欲望されること、虐待されること、妊娠させられてしまうこと、中絶させられてしまうこと、つまり身体のコントロールを奪われることになっても、物語から抹消されたりしません。いとも簡単に消されるのは、欲望する女、虐待する女、妊娠させる女、中絶させる女なのです。私の欲望を、暴力を、香苗ちゃんの身体の所有を、『ドラえもん』は消し去ったのです。香苗ちゃんそのものを消すことによって。

 

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