マサキチトセのニュースレター創刊号(2018年7月17日)

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このニュースレターでは、ジェンダーやセクシュアリティを中心に、私マサキがニュースやトピックをピックアップしてお届けします。つまり「あなたとシェアしたいな」と思うものを自分の感想とともにお伝えする内容です。
※ 私マサキの最新の文章や動画、イラストなどへのご案内も各号の末尾に載せています。

不定期ですが、できるだけ頻繁に更新したいと思っています。
どうぞよろしくお願いします!

News & Topics

今回は第1回ということで、少し前のできごとも紹介します。

プライドパレードにたくさんの赤い傘

Photo by @shokodon2011

2018年5月6日に開催された東京レインボープライドにて、セックスワーカーをテーマにしたフロート「GAY=クイア」が、セックスワーカーの権利と尊厳を主張するシンボル赤い傘を掲げて歩きました。
※写真を Twitter のモーメントにまとめました。
https://twitter.com/i/moments/993562241935933440

当日私は職場の下水の処理をしていて、汚水で二の腕まで濡れていました。男女別の仮設トイレしかなくてトランスの友人が困ったことがあったり、ピンクウォッシングが批判されているイスラエルの大使館ブースが出展していたり、あるいは警察と協力して一部の参加者を排除したことがあるなど、いろいろな理由で東京レインボープライドにはあまり参加する意欲がなかったんです。

Photo by @MJunko0523

でも今回こうして路上が赤い傘で埋め尽くされているのを見て、あぁ参加したかったなあと心から後悔しました。このほかにもイスラエル大使館前での抗議活動があったりと、外からではなく、東京レインボープライドの場で多様な声が上がっていることをとても嬉しく思うと同時に、私自身に何ができるだろうかと考えさせられました。

青森で5回目のレインボーパレード

Photo by @bookworm8163

2018年6月24日、青森県青森市開催された5回目のレインボーパレードは、今回で解散するそうです。1年目は3人、2年目が24人、3年目が45人、4年目が101人、そして今回は173人が参加と、どんどん多くの参加者が集まるようになってきていました。

地域の関係性が濃くなりがちで、LGBT/クィア系イベントに参加することのハードルも高い地方での開催であることを考えれば、驚異的な参加者数と言えると思います。

主催そらにじの宇佐美さんと岡田さんはもちろん、参加したひとりひとりが勇気を出して青森の街を歩いたことに、大きな意味があるように思います。

来年以降の運営を引き継ぎたいという人を募集しているそうですので、関心のある方はぜひ連絡を取ってみてください。

以下は当日の様子(動画)です。

ファッション&フェミニズム ライフスタイルWeb magazineまもなく創刊

Photo by @dor_cyan

アメリカではある程度「そういうフェミニズムもあるよね」的な位置付けを確保しているファット・ポジティブ・フェミニズム(太っていることを肯定するフェミニズム)ですが、日本でもモデルのエブチュラム真理栄さんがプラスサイズ(大きいサイズの服)をテーマに活動をしています。

そんなエブチュラムさんが、ファッション&フェミニズム ライフスタイル Web magazine を創刊することになりました。

太っているということは性別にかかわらずネガティブな意味を持たされていますが、容姿による周囲からのジャッジをより過酷に浴びせられる女性には、自分の体を肯定的に見ることができないという人がたくさんいます。大きな体を持つ女性やとても細い体を持つ女性などは容姿を貶められることが多いですし、平均に近い体型の人ですらそういう社会からの目線に自己肯定感を削がれている人もいます。エブチュラムさんのような活動がより多くの人の注目を浴びることで、より多くの女性が自分を肯定的にとらえられるようになるんじゃないかと思います。

エブチュラムさんのウェブマガジンはまだ名称やロゴなど決まっていないそうですが、エブチュラムさんのツイッターでは最新情報を見ることができます。ほかにもプラスサイズのスタイルブック『Things Plus-size Girls Can’t Do』が夏に出版される予定です。

オウム真理教の教団トップ7名が死刑執行

2018年7月6日、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚をはじめとするオウム真理教の教団トップ7名の死刑が執行されました。この事実だけでなく、死刑執行中に1人ずつ——まさに選挙の当確のように——リアルタイムで死刑執行を報じる報道に多くの批判が集まりました。

死刑については、ヨーロッパや南米、カナダ、オーストラリアなどほとんどの欧米圏で廃止されており、今では米国でも反死刑の傾向が強まっていると言われています。一方、日本ではあまり反死刑の議論が広まっておらず、上記の死刑報道には眉をひそめる人でも、死刑制度自体に反対という人は多くないように思います。

しかしまず、そもそもの話として、「人を殺してはいけない」という単純かつ明白な倫理に照らしてみれば、死刑制度を肯定できるはずがありません。残虐な犯罪を犯した者に対しての罰として死刑を肯定することは、自己矛盾的な主張ではないでしょうか。私たちは子どもに「〇〇ちゃんのおもちゃを1つ盗んだんだから、あなたのおもちゃを1つ捨てなさい」と教えたりしませんよね。

それでも犯罪抑止力があるから死刑制度は残すべきだと言う人もいます。しかし、死刑による抑止力は統計上確認できていません。死刑制度を廃止したことで犯罪が増加したという統計もありません。

自分の家族が殺されてもそんなことが言えるのか、と迫る人もいるでしょう。私個人としては、とても残虐な方法で殺してやりたいと思う可能性が高いです。それでも、その私の気持ちを汲んで加害者を殺すような国家は、肯定することができません。私の復讐心は、国家に人を殺す権利を与える根拠になってはいけないと思うのです。

大阪市で同性パートナーシップ証明制度がスタート

大阪市では「パートナーシップ宣誓証明制度」が発足、2018年6月27日より申請が可能になりました。これまでに渋谷区、世田谷区、三重県伊賀市、兵庫県宝塚市、那覇市、札幌市、福岡市が同性間でのパートナーシップを行政として認知する制度を実施しており、千葉市と中野区でも導入が予定されています。

それぞれの中身は自治体によって異なるため一概に評価することはできませんが、中には住居などに関してメリットがあるような仕組みもあり、同性カップルの生活上の不便の解消につながることが期待されています。

一方で、「行政に認めてもらえて嬉しい」とか「世間の仲間入りができる」とかの自己卑下的な感想も当事者から出てきていて、不安になるというのも正直な気持ちです。

私たちが誰かを愛するとき、本来はそれを誰かに認めてもらう必要などないはずです。もちろん同性間の愛を「認めない」という人がいる社会においては、あえて「認める」「認めてもらう」ということが必要な局面もあるでしょう。けれど、本来は、私たちはただ愛として愛を与え受け取ることができるはずです。

異性とパートナー関係にある人もまた、結婚という形を取らないでいると、周囲の人や行政から「認めてもらえない」ということがあります。私個人としては、そういう人たちとともに、結婚しなくても生きていける(シングルでも行政サービスをきちんと受け取れる、周囲の人が自分のパートナーの性別などを気にしない)社会を一緒に作っていきたいなと思うのです。

また、米国では同性婚が事実上合法になったことで、パートナーシップ制度を撤廃する州や民間企業がいました。「同性婚できるようになったんだから、税金や年金、保険なんかのことは、婚姻制度を利用してね」ということです。いま日本の自治体で導入されてきているパートナーシップ制度がいつかこうした形で撤廃され、みんな結婚することを奨励されるような社会になったら、結構キツいなあという不安もあります。

お茶の水女子大が2020年度からMtFトランスジェンダーの学生を受け入れ

2018年7月2日、女子大学として日本で初めて、戸籍の性別が女性である人だけでなく自認する性別が女性である人にも受験資格を与える決定を、お茶の水女子大学が発表しました。当事者からの問い合わせを受け、2016年から学生や教員、その他専門家などとともに検討していたそうです。

これを受け、ツイッターでは女子大学の存在意義やトランスジェンダー女性の権利についてたくさんの議論が交わされました。

大学に限らず学生を女子に限定した学校において、いかに学生が性役割やジェンダー規範(「女はこうするもの」「女に理系は合わない」など)から自由に勉学に励むことができるかという点が多く指摘され、その存在意義に思いが至らなかった人たちにも理解が広まったように思います。

一方で、トランスジェンダー女性が女子大学を受験するということを「これまで不当に剥奪されていた当然の権利」であると認識する立場と、「これから追加する、選択の余地のある権利」であると認識する立場の違いも、浮き彫りになりました。

トランスジェンダー女性は女性であるので、女子大学受験は「これまで不当に剥奪されていた当然の権利」であると私は思っています。それが今回のお茶の水女子大学の決定によって、局所的にですが回復されたのだ、と認識しています。

今回のニュースを受けて保守作家の百田尚樹が「よーし、今から受験勉強に挑戦して、2020年にお茶の水女子大学に入学を目指すぞ!」とツイートしましたが、もし氏がトランスジェンダー女性であるのなら、挑戦してみたらいいと思います。しかし大学も全く「性自認が女性」ということを確認する基準を設けないわけがないので、これまで女性としての生活をしたことがないと思われる氏が受験資格を有するかどうか微妙だとは思いますが……。(基準があるのか、どんな基準なのかは明らかになっていません。)

また、身体の状況に関わらず性自認を尊重するという方針に対して、「男性身体」が女子大学内に存在できるようになることを危惧する声も多数ありました。これについては、すでに教員や職員など関係者として男性身体は内部に存在していますので、今回の決定によって初めて男性的な身体を持つ人が空間に侵入してくるかのように言うのはミスリーディングだと思います。

逆に「男性の身体そのものではなく、男性性が問題なのだ」という考えもあると思います。これも教員や職員など関係者の男性はいいのだろうかと疑問がわきますが、行政上の性別が女性の学生のなかには、当然そもそもすでにトランスジェンダー男性がいます。今まさに女子校に通っている男性がいるわけです。

また「トランスジェンダーのふりをして入学する性犯罪者予備軍の存在が怖い」という声もあります。これについては、いくつも論点があるように思います。

1つには、「トランスジェンダーのふり」という表現から、「真正なるトランスジェンダー」つまり画一的なトランスジェンダー女性像を想定しているのではないかという不安があります。画一的な女性像を押し付けるジェンダー規範から少しでも自由な空間を作ろうとしている女子校関係者がたくさんいるのに、画一的なトランスジェンダー女性像が想定されてしまうというのは、せっかくの女子校の意義が削がれてしまうように感じます。

2つめに、「性犯罪者予備軍」というものは存在しません。性暴力に関する研究や運動が長年かけて得た知見のひとつは、誰もがいつ性暴力を行ってしまうかわからないということです。また、性暴力加害者の多くが家族や親族、友人や地域の知り合い、教師やコーチなど被害者にとって身近な存在であることもわかっています。「予備軍」に気をつけていれば被害に遭わないというのは、性暴力の実態とはかけ離れています。

3つめに、わざわざ女子大を受験して、入学し、女性として24時間生活し、また卒業後も「女子大卒」という経歴を持つことをすべて覚悟できる人にとって、女子大に入ることの第一の目的は「その大学に入ること」でしょう。広く見積もっても、女子大生として勉強も恋愛もサークル活動も頑張りたいな、くらいのものだろうと思います。女子大に潜り込んで性暴力を働きたいという理由だけで女子大への入学を実行できる人はいません。万が一いたとしても、想像以上の大変さに耐えられず即自主退学するのではないでしょうか。

とは言っても、実際どのような形でトランスジェンダー女子学生を受け入れるのかについて大学が明らかにしていない以上、今回の決定に様々な不安を感じる人がいることは当然かもしれません。

しかし、例えば「性別再指定手術(いわゆる性転換手術)が済んでいるトランスジェンダー女性ならいい」とか「性犯罪者が入ってこないと保証するならいい」とかの条件をつけることは、平等の観点からは認められないものです。それは、トランスジェンダー女性に押し付けていい責任ではないからです。

トランスジェンダー女性の受験を「これから追加する、選択の余地のある権利」ではなく「これまで不当に剥奪されていた当然の権利」であるという認識のもとで、ではどのようにしてその権利を回復するかというのは、局所的には学校が、より広く考えれば性役割やジェンダー規範、トランスジェンダー差別にまみれた社会が、全体として負担すべき責任だと思うのです。中でも、それらの不条理によって最も大きな利益を得ているシスジェンダーの異性愛男性にとっては、不条理の解消に向けての努力がより求められることになります。

マサキのおすすめ書籍&映画&etc.

クィアなキャラクターが出てくる映画や、興味深い本などを紹介します。
(このニュースレター内のリンクから飛んで購入すると、その一部が私に還元されるようになっています)

ウォールフラワー(2013)

先日たまたま見つけたこの映画、エズラ・ミラー演じるパトリックがセクシーで複雑で、エマ・ワトソン演じるサムがハツラツとしていて複雑で、ローガン・ラーマン演じるチャーリーが危なっかしくて複雑で、もうとにかくみんな色々あってでも楽しい時間を過ごしたりすごく嬉しいことがあったりと、人生ってこういうものだし、人間って色んなことを同時並行で経験するんだよねということを改めて感じさせてくれる映画でした。

紹介文には「陽気でクレイジーなパトリック」「美しく奔放なサム」と書かれていますが、この二人がそれだけでないことが作品では思いっきり描かれています。また、「初めて知る“友情”、そして“恋”」とも書かれていますが、友情と恋愛の境界が揺らぐシーンもあって、とても良い。とても良いです。

ウォールフラワーってのは「パーティーとかで周りのノリに付いていけず壁に寄りかかって眺めている」状態を指す言葉。でも原題は The Perks of Being a Wallflower で、「ウォールフラワーでいることで得すること」という少しポジティブな表現になってます。

ぜひ観てみてね。

チャーリー(ローガン・ラーマン)は、小説家を志望する16歳の少年。高校入学初日にスクールカースト最下層に位置付けられ、ひっそりと息を潜めて日々をやり過ごすことに注力していた。ところが、彼の生活は、陽気でクレイジーなパトリック(エズラ・ミラー)、美しく奔放なサム(エマ・ワトソン)という兄妹との出逢いにより、一変する。初めて知る“友情”、そして“恋”―。世界は無限に広がっていくように思えたが、チャーリーがひた隠しにする、過去のある事件をきっかけに、彼らの青春の日々は思わぬ方向へ転がり始める―。

主演: ローガン・ラーマン, エマ・ワトソン, エズラ・ミラー
上映時間: 1 時間, 42 分

Amazon ビデオでレンタル/購入できます

マサキチトセの最新情報

最近はこんな文章を書きました

飲食店経営者の立場から「インスタ女子」問題を考える
https://note.mu/cmasak/n/n0cb994b7a488
「LGBTではないフツーのひと」に考えて欲しいと思う10のこと(2018年版)
https://note.mu/cmasak/n/n3dc9e587076b

オリジナル曲を3つIGTVにアップしました

Queer You Dare Not To Know
https://www.instagram.com/tv/BkseEIWnE2C/
見送る鳥
https://www.instagram.com/tv/BlDzCfqHj5t/
インターセクト
https://www.instagram.com/tv/BlD6KPcnT1h/

イラストが zine に掲載されました

絵を始めて約半年——イラストが友人のzineの表紙・挿絵になりました
https://note.mu/cmasak/n/n11ac887dfeb5

 


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マサキチトセ Written by:

1985年5月26日生まれ。栃木県足利市出身、ニュージーランドとアメリカを経て現在は群馬県館林市在住。趣味はイラストと音楽制作。 2011年にシカゴ大学大学院社会科学修士課程を中退。以降ジェンダー・セクシュアリティを中心に執筆や講演など評論活動をしています。 LGBT運動と排外主義のかかわり、資本主義とLGBT、貧困二世・三世のLGBT/クィア、性的欲望に関する社会的言説の歴史、セックスワーカーの権利と尊厳などに特に関心があります。