心凍らせて

日頃包み隠さずオネエ言葉でしゃべってるとこあって。

一人称は「あたし」だし、
「やだー」とか「わかるー」とかの類いなら1日に1回は必ず言ってる。

そんなんだから、共同経営してるお店の接客とかでも
「この中なら誰がイケる?」とか質問されることあって。

駱駝を降りた僕たちは

 君は何か僕に隠していることがあるんじゃないかって感じるんだ、とラッセルは言った。
 そうだよ、僕は君のことが好きなんだ、という言葉を飲み込んで僕は「そっか」と味気ない返事をした。
 僕よりもうんと脚の長いラッセルが少しだけゆっくり歩いているのが分かる。そうしてだいたい同じ速度で僕たちは、雨が乾ききらない歩道をザッザッと歩き続けた。

「LGBTではないフツーのひと」に考えて欲しいと思う10のこと(2018年版)+動画あり

「LGBTではないフツーのひと」って、誰だろう?
「フツー」って、どんなことを指すんだろう。

そんなことを思いつつも、でも、「LGBT」と「フツーのひと」は分けて考えられてしまうことが多くて、日常的にもやっぱり、自分のことを「自分はLGBTではないフツーのひとだ」と思っている人はたくさんいるっていう実感があります。

この文章は、そんな人たちへのお手紙のようなものだと思ってください。

マサキチトセのニュースレター第2号(2018年8月28日)

人の声を勝手に代弁することがいかにダメなことか、ゆるふわな方のブログで以前ゆるっとふわっと書きましたが(舞い散る喪ゲイ『土俵際の南浦和』)、先日は「活動家はLGBTの代表ヅラするな」といったことを主張するゲイ男性が「日本…

伝えかたの模索

私は誰に向けて、誰に伝えたくて書いているんだろう。どんどん堅くなる自分の文体に、ふとそんな疑問が湧きました。2015年のことです。 ちょうど『現代思想』に「排除と忘却に支えられたグロテスクな世間体政治としての米国主流「L…

ノーモア

「誠意がある」「敬意がある」ということの大切さについて最近はよく考えていて、というのもどうにもどうやら日本には、自分が持ってないマイノリティ属性を持ってる相手を前に物怖じしてしまうというか、「まちがったことを言ってはいけない」「傷つけてはいけない」という強い自己強迫に陥る人というのがたくさんいるらしいということを、まがりなりにも差別問題について講演なんかをやっていると痛感させられているからなんだけれど、いや、もちろんほかの国にもそういう人はいるに決まっていて、アメリカでも一定の期間を上品な、というか上品自認の白人に囲まれて過ごしているとそんな空気が蔓延してるのを感じはする。

これまでに作った曲をまとめました

ご存知の方もいると思うのですが、結構前からときどき、プロテストソングというか何というか、思いっきり政治的メッセージを込めた音楽を作って歌ってネットに出したりしています。J-Popと歌謡曲とTWO-MIXが好きなので、それ…