社会運動家や評論家は第一希望を必ず言え、と思う

最近、あるメディアで編集者をしている友人と電話でよく話す。
 先日、「根本的にまず〇〇だよね」という原則論と、「でも現実にはこうせざるを得ないよね」という戦略論の、どっちも大事だよね、という話になった。
 前者は理想論と呼ばれたり、後者は現実的と形容されたりする。
 程度の差はあれど、多くの社会運動家や評論家はどちらかに立場が傾いているものだと思う。私はと言うと、そこそこ原則論寄りだろうなという自覚はある。

戦略論的立場からすれば、原則論は地に足のついていない机上の空論に見えるだろう。逆に原則論的立場からすれば、戦略論は日和った妥協主義に見える。しかし、どちらが欠けても社会運動は衰退するのだ。
 この2つは両輪だから、役割分担と考えて、それぞれの立場から、互いに連帯しつつ問題点を指摘しあったりすればいい。

原則論寄りの私は、しかしどうしても、戦略論寄りの人たちに全幅の信頼を置けないでいる。理由は2つある。

1つは、原則を踏まえた上でしかし戦略的に立ち回る、というのではなく、本気で——戦略でもなんでもなく——妥協主義的(と私には見えるような)到達点をゴールだと思ってるんじゃないか、と感じられる人が少なくないから。
 言い方を換えれば、原則/理想が私とはだいぶ異なっているのだろう。彼ら彼女らの現実的で短期的なゴールは、私には「そんなんで満足なの?」と呆れてしまうようなものが多い。
 原則/理想の違いは、しかし仕方のないことだ。私と同じ未来を目指せと強要するなんておかしいし、強要したいとも思わない。戦略的なことばかりしか言わなかったとしても、そりゃそうだよね、それがゴールだもんね、と納得する。ただ、「もっと要求していいんじゃないかなあ。自己肯定感上げてこうよ」と思うだけだ。

2つめの理由は、原則をある程度踏まえた上で戦略的に立ち回っているという立場を、クローズドな場所——打ち上げの席とか個人間のメッセージとか——だけでしか開示しない人が少なくないからだ。
 発言機会がある場において、戦略的な話をメインでするのは分かる。だってそれが戦略というものだもの。けれど、同時に、ほんのちょっとでいいから——「本当は〇〇が理想ですが」みたいな日和った言い方でもいいから——原則にも触れてほしいと心から思う。
 打ち上げの席とか個人間のメッセージでだけ「いやあ自分も分かってるんですけどね」という態度を取られると、「わかってんだったら、言ってこうよ!」と思ってしまう。

何故そう思ってしまうのかと言うと、第一希望を言うことがとても大事だと私が思っているから。
 日常生活でもそうだけど、例えば「ランチどこに行く?」みたいな話をしてる時に誰かがラーメンを希望したとする。麺類か〜と思って、「蕎麦はどう? あったかいのもあるし」とあなたが言ったとする。この時あなたは既に「麺類にする」という縛りを受け入れているので、言わば、すでに1回妥協している。
 しかし相手は自分がラーメンという第一希望を言ったのに対して、あなたが蕎麦という第一希望を言ったと思うだろう。その場の議題設定は「ラーメン」対「蕎麦」という構図になる。
 その後もし「じゃあ今日はラーメンにして、明日の昼に蕎麦食べよう」となったら、相手の妥協が0回なのに対して、あなたは2回妥協している。それも、相手の気づかぬ間に。

社会運動も同じだと思う。
 原則的な理想論を掲げるだけで実際に何も戦略的なことをしなければ、運動の進展は望めない——戦略的な人々は頻繁にこういうことを言う。理想を語るだけじゃダメだよね、と。それは事実だろう。
 しかし逆に、原則/理想を高く掲げることなく戦略論だけに拘泥することも、運動の進展を遅らせ、妨げる。
 うんと先のゴールが見えているからこそ、私たちが今どこをどう走り抜けたらいいのか判断できるのだ。私たちの思い描く未来を実現する最短ルートは、ゴールを高く設定し、第一希望を口に出すことにある

私たちは、まず仲間に対して、第一希望を口に出そう。
 そうすることで、仲間に示そう。
 うちらはここまで願ってもいいんだよ、と。うちらはここまでの要求が実現して初めて周囲と平等と言えるんだよ、と。自分にはそんな価値がないなんて思わなくていいんだよ、と。

そして社会に対して、私たちの第一希望を口に出そう。
 そうすることで、社会に示そう。
 うちらの1つ1つの具体的な要望は、既に私たちが妥協しながら考えた要求なんだぞ、と。お前らまだ1つも妥協してないだろ、と。うちらのゴールはあんなに遠くにあるんだから、ちょっとやそっと「配慮」されたところで満足して感謝なんかしねえぞ、と。

そうやって遥か彼方にあるゴールを見据えて、最短ルート走ってこうよ。

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ABOUTこの記事をかいた人

1985年5月26日生まれ。栃木県足利市出身、ニュージーランドとアメリカを経て現在は群馬県館林市在住。2011年にシカゴ大学大学院社会科学修士課程を中退。以降ジェンダー・セクシュアリティを中心に執筆や講演など評論活動をしています。 LGBT運動と排外主義のかかわり、資本主義とLGBT、貧困二世・三世のLGBT/クィア、性的欲望に関する社会的言説の歴史、セックスワーカーの権利と尊厳などに特に関心があります。