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世の中は”息苦しく”なっている? TV・CMの炎上をめぐって(横浜市男女共同参画推進協会『フォーラム通信』掲載インタビュー)

TV・CMの世界では、性に関する表現をめぐって炎上が相次いでいます。「性差別的だ」と抗議が寄せられる一方、「ネタを分かっていない」「この程度で抗議するなんて、世の中は息苦しくなっている」という声もあります。
メディアが炎上するとき、そこではどんな議論が交わされているのでしょう。評論家のマサキチトセさんにうかがいました。

【全文】『人権と生活』44号掲載『排外主義と主流LGBT運動——「ヘイト」概念を超えて』

「そんなことより北朝鮮のミサイルのほうが怖いよ(笑)」
 客が笑ってそう言う。つられて別の客が笑う。私はろくに聞こえなかったふりをして、張り付いた笑顔のまま、カウンターの中の自分の足元に目線を逃がした。数秒のあいだこうすることで、私は——私だけは——この場のヘイトの責任を免れるような気がしたからだ。

社会は頑張って異性愛者を育んでいる 同性愛は先天的か後天的かの議論を超えて(wezzy掲載記事)

「いつ自分が〇〇だって気づいたの?」「いつ目覚めたの?」

LGBT やクィアな私たちはよくこの無邪気な質問を受けます。〇〇には「レズビアン」「バイ」「同性愛者」「そっち」「オネエ」「ゲイ」など色々なものが入りますが、その都度私たちのほとんどは答えに窮します。なぜなら、ほとんどの場合私たちは気がついたらなっていた以外の答えを持っていないからです。

だから私たちは時に、答える代わりに質問で返すことがあります。

「じゃあ、あなたはいつ自分が異性愛者/ストレートだと気づいたの?」と。

「セックスワークは生き延びるための手段」と思いたかったのは自分ではないのか

セックスワークについてはこのブログでも他の場所でも(現代思想とかYouTubeとか)折に触れて言及しているので、私の発信したものをいくつも目や耳にしてくれている人であればセックスワークが私にとって重要なトピックであるということは知っていると思います。

現実にセックスワーカーへの偏見がはびこっている世の中で、セックスワーカーの尊厳や権利(労働者としてのそれ、女性やセクシュアルマイノリティとしてのそれも含め)を尊重する社会にしていくために少しでも役立つことがあればと思って発言してきましたが、その中には「セックスワークは生き延びるための手段なんだ」という物言いが多く含まれていました。

翻訳『結婚は私たちを決して自由にはしない』(ディーン・スペード、クレイグ・ウィルス)

近年、同性間の婚姻を認める州法が可決するたびに、同性間の婚姻の法的認知を肯定する裁判所判断が出されるたびに、政治家が同性間の婚姻を肯定的に語るたびに、革新を志向する(”progressive”)人々の多くは結婚を称揚してきた。一方同時に、多くのクィア活動家や学者は同性婚推進運動を厳しく批判してきた。結婚を擁護する者は時にこれらの批判があることを認め、このようなことを言う。「結婚は万人のためのものではないし、万能でもないけれど、それでも必要だ」と。

標準体重ですらない女の自己肯定感はどの人形が教えてくれるのか

決して平均的でないプロポーションで、「女性はこうあるべき」「魅力的な女性はこういうものだ」という社会通念に寄与してきたバービー人形に対抗して、 Nickolay Lamm さんというアーティストが実際のアメリカの十代女性の平均的なプロポーションを再現して作ったのが、ラミリー人形。私も「いいね」と思っていたし、今でも一定の効果はあると思うのだけれど、ラミリー人形が全く問題がないとは言えないような気がしてきたので、ここに書いておく。

夜に働く人を排除しない社会運動・アカデミアがいいよね

世の中の多くのシンポジウムだのワークショップだの読書会だのは、たいてい土曜の夕方とか、平日の夕方以降に開催されてる。開催する側としても「開催する曜日と時間帯はどうするか」を考えるにあたってできるだけ多くの人が参加できるようにしたいと思っているだろうと思うのだけれど、その「多くの人」の母数にそもそも入っていない人っているよねと思うの。