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ダイバーシティは「取り戻す」もの 差別の歴史の中で生み出された”性的指向”と”性的嗜好”の違い(wezzy掲載記事)

 人に何かを教えるということは、とても難しい。  どのような順序で説明すれば分かりやすいのか、どのくらいゆっくりステップごとに話せば付いてこれるのか、どのくらい相手を褒めながら進めていけば相手のモチベーションが下がらない…

翻訳『米国の醜さ: 有色人種クィアとトランスが言う「私たちの名の下にそんなことはするな」』

日曜の夜、私は悪夢を見ていた。それも無理はない。日曜の朝、ルームメイトが私のパートナーと私のところにやってきて、オーランドの銃撃事件について知らせてくれた。それからというもの、私の1日はショックと怒りと悲しみに支配された。最終的にベッドに横になり目を閉じてじっとできるほどに落ち着けた時には、少々自分でも驚いたくらいだ。そんな日に見る夢がろくな夢なわけがない。

【全文】現代思想2015年10月号掲載『排除と忘却に支えられたグロテスクな世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動の欺瞞』

 同性愛者権利運動にとって、あるいは自らその名を裏切るかのようにBとTを暗に、そして時に明確に排除する「LGBT運動」にとって、同性婚は不可欠な目標としてその思想的、政治的な視界の中心的な位置を占めてきたと言えるだろう。しかしこの政治的傾向——米国で同性婚推進を掲げる大手団体がエイズ危機のあと1990年代半ばから頭角をあらわし、2013年には同性愛者に関する社会運動体として最も多くの資金を諸基金から受け取るようになっていたことに象徴される現在のこの政治的流行——には、たった20年の歴史しかない。