駱駝を降りた僕たちは

 君は何か僕に隠していることがあるんじゃないかって感じるんだ、とラッセルは言った。
 そうだよ、僕は君のことが好きなんだ、という言葉を飲み込んで僕は「そっか」と味気ない返事をした。
 僕よりもうんと脚の長いラッセルが少しだけゆっくり歩いているのが分かる。そうしてだいたい同じ速度で僕たちは、雨が乾ききらない歩道をザッザッと歩き続けた。

「君と、日本にいる彼のために、ペアのマグカップだよ」
 彼は上等な箱に入った少し古臭い趣味のマグカップをくれた。僕の帰国が迫っていた。僕は僕で、彼が何か言葉にしてくれることを待っていたんだ。だから、日本でほんの少しだけ僕を好いてくれていた過去の人のことを話して、帰国したらまた会うかもしれないと、馬鹿なことにラッセルを嫉妬させようとしてしまった。ラッセルはその時「ふうん」と関心なさげだったけど、きちんと覚えていたんだね。そんなことよりも、覚えていて欲しいことはいくらでもあったのに。
 最後の夜は何回ありがとうと言っただろう。僕に思い出を振り返る暇も与えず、みんな朝まで付き合ってくれた。ラッセルは、自分が僕の特別な人だって自覚しているような顔で、少し離れて友人と語らう僕を眺めていた。そう、みんなだって分かっていたさ、君と僕が特別な関係だってことは。

 僕たちの半年が詰まった部屋のドアを開け、スーツケースをラッセルが重たそうに引いて歩き出す。僕はその姿を目に焼き付けながら、飛行機の時間のことやタクシーがちゃんと時間に来るかどうかなんてことを考えてしまって、意外と別れなんて淡々としたものなのかもしれないと不安になった。
 今ならまだ選択肢があるんだ。僕がタクシーに乗らなければいい。君が好きで、君と人生を歩みたくて、君と老後を過ごしたいんだと、そう言ってラッセルに縋ればいい。進学のこと、滞在権のこと、実家のことなんかは一度脇に置いて、ただ僕という人間が、君という人間と離れたくないというそのことだけを考えればいい。

 そうやってぐるぐると考えているうちに、僕たちはタクシーの待つ近所のスーパーの入り口に着いてしまった。友人も数人来てくれた。スーツケースをトランクにしまい終えた運転手が気を遣って待っているあいだ、僕は友人ひとりひとりにさよならの挨拶をして行った。
 これまた当然のように、ラッセルは最後に僕の前にやってきた。初めて海外に出た時の空港での母と同じだった。送り出す相手にとって自分が一番の存在だと分かっている人だけが、そんなふうに最後にやってくる。
 僕たちは言葉を忘れたかのように、互いの真っ赤な目を見つめ合った。そこから堰を切ったように涙が流れ出すと、僕たちは顔を歪め、それを隠すようにお互いを引き寄せ、慰め合うかのように、許し合うかのように、抱き合った。頭の中で何度も繰り返したあの言葉は、とうとう言えなかった。最後まで、僕たちは二人とも臆病だった。

 運転手に促され、僕はやっとのことでラッセルから体を離した。おぼつかない視界の中タクシーの後部座席に乗り込む。振り向けば、手を上に大きく降るみんながいた。止まりかけた涙がまた溢れる。しゃくりあげる声に気づかぬふりをした運転手が、不本意そうにアクセルを踏んだ。
 タクシーがゆっくり動き出す。手を振りながら、今ならまだ引き返せる、今ならまだ、と、ドラマで見たようなシーンを想像する。けれど、ラッセルはそんなこと望まないんじゃないだろうか、そんな思いが僕の体をズシンと座席に縛り付けていた。

 もう彼の誕生日も覚えていない。九月だった気がする。ハッピーバースデーなんて電話は一度しかしなかった。友人から、彼に彼女ができたことを知らされたからだ。そう、そこに戻ったほうがいい。もう自分が何者かなんて悩まないで済むよ。悩ませてしまって、そして悩ませたくせに君を置いてきてしまって、 I’m really sorry. I wish I had had the courage to open up and tell you I loved you.

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ABOUTこの記事をかいた人

1985年5月26日生まれ。栃木県足利市出身、ニュージーランドとアメリカを経て現在は群馬県館林市在住。趣味はイラストと音楽制作。 2011年にシカゴ大学大学院社会科学修士課程を中退。以降ジェンダー・セクシュアリティを中心に執筆や講演など評論活動をしています。 LGBT運動と排外主義のかかわり、資本主義とLGBT、貧困二世・三世のLGBT/クィア、性的欲望に関する社会的言説の歴史、セックスワーカーの権利と尊厳などに特に関心があります。