「査読(さどく)」というシステム:その慣習的なやり方と、オルタナティブなやり方

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2022年11月20日

学問など、専門性を重視する業界では、論文を出版することが研究成果を発表する方法として頻繁に採用されています。研究者は同業者の論文を引用したり参照することで、互いとの議論を深めて行きます。また、どの媒体に掲載されたかということによって、読者の多くはその論文の信憑性を推測したりします。なので、水準が低いと思われている媒体に論文が掲載されても、その研究を真剣に取り合わないような人もいたりします。その水準を確保するために、各媒体の編集委員会は「査読(さどく)」というプロセスを行っています。

査読というのは、英語でピア・レビュー peer review (peer 同業者の、review 検証)といい、最も慣習的なやり方は「クローズド・ピア・レビュー」です。

クローズド・ピア・レビュー

クローズド・ピア・レビューでは、まず論文を執筆した人が編集委員会に原稿を提出し、編集委員会がそれを受け取ります。編集委員(あるいは稀に外部の人間)によって、原稿の内容を検証することができるだろうと思われる人を選出し(たいていの場合は同分野の専門家)、無償での検証作業を依頼します。断る人も多いですが、OKとなった人は正式に査読者となり(複数の場合もある)、受け取った原稿(執筆者の氏名や所属、肩書きなどを伏せたもの)を編集委員会の定める締切までに検証します。この結果、修正点なし、もしくは若干修正が必要と評価されたものは、たいていの場合最終的に掲載されることになります。大幅な書き直しが必要と評価されたものは再提出が認められますが、査読者に決定権はなく、あくまで査読者の助言を得て編集委員会が掲載するか否かを決定するので、査読者全員の評価が悪い場合や、再提出後も同じく悪い評価だった場合は、掲載不可となることがあります。そもそも査読者によって却下と評価されたものは、再投稿すら認められない場合もあります。また、査読者が誰だったのかという情報はどこにも明かされず、編集委員会(あるいはその中の一部の人)だけが知っていることになります。

誰が査読したか分からない、というシステムのため、「クローズド」なピア・レビューと呼ばれます。

オルタナティブな査読のやり方

クローズド・ピア・レビューは、完璧ではありません。まだクローズド・ピア・レビューが単にピア・レビューと呼ばれていた時代から、査読者の匿名性が問題視されてきました。これは、査読者が誰だか分からないことで、査読が公平に行われたかどうか、一貫した基準によってなされたかどうかが、外部からは分からないということが大きな問題とされています。また同時に、その情報を唯一握っている編集委員会が適切な査読者を選んだかどうか、きちんと公平にピア・レビューのプロセスを実行したかどうかも、外部の検証に開かれていません。

そこで、オープン・ピア・レビューというものを提唱する人たちが現れました。また、その中でも特にインタラクティブ・ピア・レビュー(相互行為的ピア・レビュー)という方法が近年興味深い例として出て来ています。

オープン・ピア・レビュー

これは、査読者が誰であるかを公開するという方法です。その他は、クローズドと同じプロセスを踏むことになります。これによって、査読者は自分の名前が出る出版物に対する責任が発生します。同時に、その論文に貢献したという記録も残り、業績として(それを認める同業者が多いかどうかは別として)認められます。

これには様々な種類があり、例えば執筆者が査読者に応答することができる仕組みを採用しているところ、原稿を一般公開して他の研究者たちが自由に(しかし記名で)査読するというもの、査読者の名前は一般公開せず執筆者だけに教えるというところなどがあります。中には、研究者たちによる記名のコメントなども含めて出版するところがあったり、査読結果によって掲載の可否が決まるのではなく査読内容も一緒に出版するところがあったり(これだと、査読者が全く同意できないような意見の論文も出版されることになり、査読者の影響力が純粋に併記の査読内容に限定される)、更には研究者の肩書きがなくとも査読に参加できる仕組みが存在しています。

インタラクティブ・ピア・レビュー

インタラクティブ・ピア・レビュー(相互行為的ピア・レビュー)は、オープン・ピア・レビューを更に工夫し、水準の高い論文を執筆者本人だけの力ではなく査読者の協力を得ることで出版しようという意志の感じられる方法です。この方法では、執筆者から送られて来た原稿を編集委員会が独自に選出した査読者に送り査読してもらうというところまでは、クローズドと同じプロセスです。査読者から査読結果が返って来てからに、この方法の特徴があります。

査読結果が返って来ると、それは執筆者と査読者がお互いにコミュニケーションすることが出来るオンラインの場が設けられ、そこで査読者(複数の場合もある)と執筆者によるディスカッションがスタートします。ここでは、査読者はまだ匿名のままです。このディスカッションの結果、「間違いがあるが、執筆者はこれを修正できない、あるいは修正する気がない」と査読者全員が結論づけた場合にのみ(他の理由は許されていない)、この原稿は却下されることになります。そして、査読者全員が「掲載すべき」と結論づけた場合にのみ、この原稿は掲載されることになります。

掲載されることになった場合、査読者の名前は論文と一緒に公開され、そこに査読者によるコメントも付記されます。

参考 How Interactive Peer Review Works

「査読」のかたちは1つではない

このように、査読といっても、いくつかの種類があることが分かります。また、媒体ごとに、独自の方法を模索しているところがたくさんあることも分かります。「クローズドでやってるところの論文しか認めない」というような研究者も世の中にはまだまだたくさんいますが、全く何も模索せず、ただ標準的だからという理由でクローズド・ピア・レビューを採用することは、そのデメリットの存在を認めない、あるいは認めたとしても「必要悪」とする行為であると言えます。

新しい学会だったり、ニッチな分野の媒体であれば、どこか他の媒体と競い合う必要もないのですから、どういう査読の方法が自分たちの媒体の理念に適しているかを検討するくらいはするべきだろうと思っています。その結果クローズドでやろうという結論になったとしても。

ABOUTこの記事をかいた人

1985年5月26日生まれ。栃木県足利市出身、ニュージーランドとアメリカを経て現在は群馬県館林市在住。2011年にシカゴ大学大学院社会科学修士課程を中退。以降ジェンダー・セクシュアリティを中心に執筆や講演など評論活動をしています。 LGBT運動と排外主義のかかわり、資本主義とLGBT、貧困二世・三世のLGBT/クィア、性的欲望に関する社会的言説の歴史、セックスワーカーの権利と尊厳などに特に関心があります。