翻訳『調査対象者、回答者、参加者の保護について』:卒論を書いている大学生や、独自調査をしようとしている団体は、ぜひ一度読んでください

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2022年11月20日

イギリスの聖アンドリュース大学がホームページで「調査対象者、回答者、参加者の保護について」という文書を学生向けに掲載しています。

LGBT/Q関係で卒業論文を書きたいのでインタビューさせてくれませんか、とかいう連絡は(私にはなぜか全く来たことないけど!)いろんな活動家や活動団体メンバーが日々飽きるほど浴びせされている質問ですし、数年前からそういう状況が増えて来たなと思っていました。でもそんなに怒ってもしょうがないし、まぁいいかと思っていたんですが、最近(名前は出さないけど)なんかもう調査者のことも調査対象者のこともゴミとも思ってないような(風に私には見える)人が調査を奨励して、調査者と調査対象者をつなげる動きとかをしてたり、あと何だか全然信用できないような調査本が出版されたり、ここ1年くらいでそういう最低な状況が目に入るようになってきてて、本当にもう大学はなにやってんの!?

って思ったらどうやら、そもそも IRB ( Internal Review Board 、教員や学生など大学の関係者が調査するときに人権等の観点から事前に審査する学内機関)っていう、少なくとも米国では(1970年代に法律が出来たり委員会が出来たりして、国全体で研究調査の倫理問題の意識が高まった結果)「当然あるべき機関」扱いされているものが、日本の大学にはあっても学部生の卒業論文には適用されてない、ということが分かったのですよ。(学会ごとの倫理ガイドラインがあるところはもっとあるみたい)

ということで、あんまり長くなく、でもポイントを抑えてて、調査を受ける側の権利にフォーカスした文章が見つかったので、とりあえずザックリと翻訳しました。例のごとく、翻訳の質についてのクレームは一切受け付けません(キリッ

聖アンドリュース大学 http://www.st-andrews.ac.uk
「調査対象者、回答者、参加者の保護について」
http://www.st-andrews.ac.uk/intrel/research/ethics/protectingresearchsubjects/

『調査対象者、回答者、参加者の保護について』

倫理審査の全プロセスは多くの意味で、私たちの研究を可能にし、意味のあるものにしてくれる人々の保護と福祉を確保することに関係しています。そのためには、以下の5つの領域が考慮されなければなりません。それは、信頼を重視し、守ること、損害を予測すること、同意を取り付けること、守秘義務と匿名性を守られる権利を確保すること、そして研究・学術的産物における参加者の関与を重くとらえることです。

1)信頼を重視し、守ること:あらゆる調査において、そこに利害の不一致があるときでも、社会調査を行う者は回答者、情報提供者、参加者の利益と権利を最も優先しなければなりません。参加者や調査対象者の利益を完全に保証することが不可能な場合においては、社会調査を行う者はその調査を本当に行うべきなのかどうか真剣に検討し直すべきです。同様に、社会調査を行う者は、自らの調査が他の同業者の調査に与える影響を考慮しなければなりません。もし自らの調査が行われたことによって同様のコミュニティや集団において他の同業者が信頼を獲得することが難しくなる可能性があるのであれば、その場合もまたその調査を本当に行うべきなのかどうか検討し直すべきです。非常に興味深い調査であっても、回答者に損害を与える可能性があり、そもそも行うべきではないものもあります。

2)損害を予測すること:社会調査を行う者は、自らの調査によって引き起こされる可能性のある事柄について敏感でなくてはならず、可能性のある損害を見極め、防ぐ必要があります。もちろん自らの安全を脅かしてまでそうする必要はありませんが、調査対象者、参加者、また通訳者やリサーチアシスタント、運転手や、データの収集に関わったり補助しているような補佐スタッフなどに対して、自分の調査がどのような影響を及ぼすのかを検討しなければなりません。宗教的マイノリティや民族マイノリティ、その他社会的逸脱行為に関与する集団などが特に不利益を被りやすいような場合においては、データの利用を保留したり、そもそもそのような集団を調査すること自体を控える必要があるかもしれません。更に、身体的なリスクがあるような場合はすべて、リスクを査定するための大学付属機関による承認を得なければなりません。

3)情報を開示した上での同意(インフォームト・コンセント)を取り付けること:インフォームト・コンセントは、根本的な原理です。これは、社会人類学協会によれば、一回で終わるようなプロセスではありません。これは同意という概念自体の指針となる、透明性と開かれたコミュニケーションの精神のことです。「この調査はなぜ行われているのか」「情報提供者や回答者はデータの収集においてどのような役割を担うのか」「この調査プロジェクトの目的は何なのか」という疑問を通ることで、インフォームト・コンセントが可能になるのです。

インフォームト・コンセントを取り付けるということの中心的課題は、回答者となり得る相手に対して調査の内容と目的を明確かつ正確に伝えること、そしてその上で相手の合意を得ることです。文書によって行うことが理想的ですが、全ての社会的・文化的状況において可能なわけではなく、また参加する意志を文書で確認することがその状況にとって最善とは限りません。口承文化の地域においては書かれた文書が意味を持たない(持て余されてしまう)場合もあるでしょうし、政治・社会的状況によっては文書は危険なものとなったり、不適切であったりします。こういった場合は口頭による同意を取り付ける必要があり、その方法は申請書(訳者注:事前に審査機関に提出するもの)で示されていなければなりません。いずれにしても、文書による同意を得ることが目的化してはなりません。あくまでここで目指されるべきことは、調査の目的を参加者に伝え、かれらが自分の関与しようとしている調査がどんなものか理解しているという確証を得ることです。

回答者は調査プロジェクトの範囲と期間について知らされなければいけません。調査によっては、事前に考えを固めることなく、質問のあと即回答を求められるような調査もあります。そういった場合には、回答者はそのあとにそのことについて知らされ、また調査がそのような形式になっている理由を説明されなければなりません。場合によっては調査について伏せた状態で調査することも可能ではありますが、そのためにはより厳しい審査を受ける必要があり、また、調査について開示しないことの目的とその利点をより正確にきちんと説明する必要があります。いずれにせよ、ここで重要なのは回答者に敬意をもって接するということです。回答者を人間として好む必要はありませんし、むしろ、社会や政治的実体のまさに周縁に位置するような人々も含め、どんな種類の集団であろうと、関わり、理解しようとする責任が調査者にはあります。そのように、調査者自身の考えや人々の主流な考え方からはかけ離れた考え方を持っている人に対してでも、敬意と尊重の念を持って接するべきです。それは、調査者が調査について明かさずに調査している場合においても同様です。

そして、音声録音や映像録画装置などのデータ収集装置が使われる場合は、それらの装置が持つ機能について回答者や参加者がきちんと把握している必要があり、またそれらの利用を自由に拒む権利を保証されなければなりません。

4)守秘義務と匿名性を守られる権利:匿名性とは、単に名前を伏せるという意味だけではありません。情報提供者や回答者は、守秘義務と匿名性の条件に調査者を従わせる選択肢を与えられなければなりません。この原理は、信頼を重視し守ることと一体となって機能します。社会調査をする者は、回答者の生活に現れ、そして最終的にはそこを去り、自分の組織へと帰って行きます。一方で回答者は、少なくとも一定の期間は、調査に参加したという事実とともに、そのコミュニティで生活することになります。したがって、社会調査を行う者は、自分たちが回答者たちの生活に対して混乱を引き起こす可能性があることをしているんだという事実に敏感でなければなりません。回答者の信頼を得ることは非常に重要です。そうするためには、名前による認識だけではなく、アイデンティティの複数の側面を頭に入れておく必要があります。多くの場合、回答者が自分の調査への関与を匿名にしてほしいと希望する場合、世界や世の中に自分が認識されてしまう(誰のことだかわかってしまう)ことを心配しているのではなく、最も身近でローカルなコミュニティにおける認識を心配しているのです。名前を伏せることは十分ではありません。かれらのアイデンティティを守り、秘密を守ることには、それ以上の配慮が必要なのです。

この問題は、認識されることだけではありません。守秘義務と匿名性は、回答者のプライバシーの保護、社会的地位の確保、そして違法行為や社会的逸脱行為に関する情報を開示することで不利益を被らないことを保証するために、守られるものなのです。

守秘義務と匿名性を守るためには、更に、データの保管に関する取り決めが必要です。フィールド調査においては特に重要な問題です。回答者に、かれらの個人情報が守られること、匿名という条件でデータに含まれることなどを伝えるということはよいことですが、しかし名前や場所、データがメモなどで揃って残っていたり、それらが安全でないところに置かれていたりなどしたら、そんな約束は意味がなくなってしまいます。調査によってこの問題の重要性は変わりますが、いずれにしても、社会調査を行う者は、データの保管方法についてきちんと検討する必要があります。非常に慎重に扱う必要があるデータの場合は、証言や情報の開示を特定個人と結びつけることが不可能なように、暗号化の手続きなど、更なる注意が必要になります。

5)回答者の関与:調査者は、混乱を起こさないよう敏感になる必要があります。社会調査を行う者は、自分たちが社会的ネットワークや人間関係を破壊したり変化させてしまう可能性があるということに敏感にならなければいけません。フィールドに調査者がいるのは短期間ですが、参加者は関与したことの結果ともっと長い期間つきあわなければならないのです。調査者と回答者の関係は、こういったことがきちんと理解され、調査者が回答者に敬意をもって接することができているときに、もっとも強固なものになります。多くのコミュニティでは、調査者というのは上から降りて来てかれらから奪って行く人たちだと感じられています。奪われるのは、情報、時間であり、そして調査の主体ではなく客体であるという感覚から、尊厳も奪われると感じられています。コミュニティを尊重し、学術的生産物(論文など)における回答者たちの位置づけを尊重することは、社会調査を行う者同士のお互いのためにもなることです。ここで「位置づけ」というのは、つまり回答者こそが学術的生産物の「中心」にいるのだ、ということです。調査が終わり結論が出たあとフィールドに戻って結果を共有することは喜ばれることが多いですし、調査者から調査結果を共有することの申し出をすることが通常望ましいです。

ABOUTこの記事をかいた人

1985年5月26日生まれ。栃木県足利市出身、ニュージーランドとアメリカを経て現在は群馬県館林市在住。2011年にシカゴ大学大学院社会科学修士課程を中退。以降ジェンダー・セクシュアリティを中心に執筆や講演など評論活動をしています。 LGBT運動と排外主義のかかわり、資本主義とLGBT、貧困二世・三世のLGBT/クィア、性的欲望に関する社会的言説の歴史、セックスワーカーの権利と尊厳などに特に関心があります。