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経歴

評論ではなく創作した物語を通して性のことや社会のことを語りたくて、2009年にドラえもんの二次創作短編小説を書き始めました。

好きな書き手は桐野夏生、井上夢人、岡嶋二人、OjohmbonX

オリジナルの物語はカクヨムで書いています。
kakuyomu.jp/users/GimmeAQueerEye

源静香さん(63)の独白

今はもう平気で観れますけれど、あの連載が始まった時は、心の底から怒りが沸き上がって来ましたね。あんな風に勝手に私の名前を使われるなんて、思ってもいませんでしたから。武さんが自分の少年時代のことを漫画で描くつもりらしい、というのは聞いていましたけれど、ああいう形で私たちのあの時代が描かれるというのは、正直ショックでした。すぐにのび太さんとスネ夫さんに連絡を取ったのですが、のび太さんはただただ驚いているという様子で、スネ夫さんは連絡が取れない武さんに対して怒りを抑えられないという感じでした。それは私も同じ気持ちでしたので、その後も何度か武さんに連絡を試みましたが、一切つないではもらえませんでした。

それから1年も経たないうちに、スネ夫さんが自殺したという連絡をもらって、本当にやりきれない思いで一杯になりました。その時わたしは既に独り身でしたので、子供もいませんし、同じマンションの住人から「変な噂が流れてるけれど大丈夫?」と心配されるくらいで済んでいましたが、スネ夫さんはご家族もいたようですし、仕事先でも相当嫌な思いをしていたそうです。それから少しして、奥様とお子さんたちは奥様の旧姓に名字を変えて、東北の方へ引っ越されたとのことです。

あれからもう30年になります。のび太さんもいなくなってしまった今、唯一連絡を取り合っているのはのび太さんのお母さんである玉子さんと、武さんの妹さんのクリスチーネ剛田さんだけです。結局、女は強い、ということでしょうか。あるいはそもそも女である私たちは、勝手に名前を奪われて、納得のいかないストーリーを書かれることに慣れていたのかもしれませんね。ただ、あの頃私と同じようにあの仲間で仲良くしていたのにも関わらず最後まで『ドラえもん』に登場することのなかった香苗ちゃんは、そう強くもいられなかったようです。四国の親戚のところに身を寄せたと聞きましたが、それも20年近く前のことですので、今はどうしていることか・・・。

勝手に歪曲されて、「キャラクター」という型にピッタリはまるように作り上げられることが、どんな気持ちか、香苗ちゃんには分からなかったでしょうし、彼女のように一切描かれずに過去から抹消されることがどんな気持ちか、私には分かりません。でも恐らく、私か香苗ちゃんのどちらかが消されることは間違いなかったのでしょうね。『ドラえもん』で描かれた時代のすぐ後に私たちの青春を襲った悲劇は、あまりにも複雑で、あまりにも残酷でした。だから、武さんはあの物語に女を2人も登場させたくなかったのだと思います。特に、「ドラえもん」と私たちが呼んでいたあの老人と性的関係を結んでいた香苗ちゃんのことは。

クリスチーネ剛田(61)の受賞パーティ 2009/8

こんばんは、直月です。高橋さん、素敵なご紹介ありがとうございます。集まって頂いた皆様にも、感謝を申し上げます。今回2009年度日本漫画賞を頂きました作品『虹のビオレッタ』ですが、夕栄出版の高橋編集長をはじめ、編集・校正を担当して下さった宇梶さん、解説を書いて下さったエッセイストの杉エイゴさん、そしてこの作品を手に取って読んで下さった皆さんがいなければ受賞には至らなかったと思います。本当にありがとうございました。少し長くなってしまいますが、こうして常々お世話になっている皆さんに、今日は大事なお知らせがあります。

私がクリスチーネ剛田という名前で漫画を描いていたことがある、と知ったら、ここにいる皆さんは非常に驚かれることでしょう。そんな名前は聞いたことがない、という方もいらっしゃるかもしれません。ここには出版業界の人間ではない皆さんもいらっしゃいますからね。クリスチーネ剛田は、1975年から1996年まで複数の雑誌でポルノ漫画を描いていました。私、直月理乃がクリスチーネ剛田と同一人物であるということは漫画業界ではある程度知られた事実ですが、一般に公表するのはこれが初めてになります。今日はプレスも揃ってお出でですから、是非包み隠さず報道して頂けたらと思います。

短編小説『さようなら、片岡玉子』(野比玉子・作 村江輝夜・あとがき)

そうだ、野比という名前にしよう。すっかり灰が長くなった煙草を灰皿に押し付け、玉子は決めた。暑苦しさの抜けた心地良い風が、開け放した窓から入り込む。急に目の前の靄が消え、全てがうまく行く感触を得た玉子は、その昂奮のまま窓から外に駆け出したい気持ちになった。

思いつくことだけは大胆な玉子が、もちろんそれを実行に移すことはない。こんな真夜中に外を走り回れたらどれだけ気分がいいか。そう思いながら、玉子は立ち上がって窓の外を眺めた。暗く輪郭を見せる山の頂が、玉子がこれから目指そうとしているゴールのように思えてきた。山登りの経験は無かったが、頂上に至るまでに相応の苦難が待ち受けていることは分かっていた。

それでも、と玉子は後ろを振り返り玉夫の寝顔に目を遣る。玉子より四つも年下の玉夫は、まだ幼さの残るあどけなさで、口を半開きにして眠っていた。

「わたしが守るからね」

自分の口から出た言葉ながら、映画みたいだと苦笑した。そうだ、映画のようなものなのだ、と玉子は取り出した新しい煙草に火をつけながら窓のふちに腰を置いた。映画のようなドラマチックな展開になることは間違いなかった。いや、と玉子は思い直す。私と玉夫は、これまでの映画のような生活から逃げ出すために「野比」の名を名乗って生きて行くのだ。

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